ボクの目の前に現れた女性はサファウダと名乗った。
不思議な女性だった――でも何故か暖かい声で安心感を与えてくれる。
「『サファウダ戦記』? 一体それは……」
ボクはこの時に、初めてサファウダという言葉を聞いた。
「説明をしているヒマはありません。早く逃げましょう!」
「ま、待って!」
「どうしたのですか」
「大事な仲間がいるんです!」
そう僕にはクロノやシンイーがいる。
彼らを置いて逃げ出すことなど出来ないのだ。
「このカスどもがアアアアアアッ!!」
ダイセイシの声が聞こえた。
上空から目を血走らせながら襲ってきたんだ。
「また来ましたか」
「サファウダ! てんめェ! 僕の体に傷をつけた罪は重いぞゴラァ!!」
「もう一度……!」
――アペフチーム!
サファウダは巨大な火球をもう一度打ち込んだ。
だが、ダイセイシは素手でその火球を受け止めた。
ヤツの掌は黒い煙のみ立ち昇る。大したダメージはなさそうだ。
「そんな!?」
「かび臭い魔法が僕に効くわけがねェだろうが――ッ!!」
――イフリガ!
ダイセイシは火属性の高位呪文であるイフリガを唱えた。
サファウダに巨大な火球が迫り来ている。
「言っとくがサファウダ! そのイフリガはお前がいた『サファウダ物語』よりも非常に強い火属性の呪文だからな!! 魔法攻撃力はアペフチームより上に設定させてもらったぜ!!」
「うっ……」
このままでは彼女が危ない。
ボクは勇者として彼女を守らねばならないのだ。
彼女は恩人だ――それに!
「女性をいたぶる悪いやつを懲らしめなければならない!」
――マジレクト!
ボクは急いで呪文を弾き返す補助呪文マジレクトを唱えた。
イフリガはマジレクトに弾かれるとダイセイシのところへと向かった。
「にゃんですと――ッ?!」
「自分の魔法で燃え尽きろ!」
「ところがどっこい!」
宙に浮かぶヤツは腕を振りかぶると。
「ちょいさ!!」
またもやダイセイシは素手でイフリガを弾き返した。
「あちっちっちっ! 流石にこの呪文は調整が必要か? 攻撃力が思ったより上だぜ」
「バ、バカな……」
「この僕に逆らいやがって!」
激情にかられていた。
顔は赤くなり、全身を震わせている。
それは上手くいかないことに対する怒りだ。
「決めた! ちょいと面倒だが消えてもらう!」
ダイセイシは下卑た笑みを浮かべる。
ゴブリンやオークにも劣る醜悪さ。上位種の悪魔よりも邪悪な心だ。
幼稚さもあるが、その反面残虐で冷静さも掛け合わせている。
子供と大人の悪い部分を詰め込んだような男だとボクは思った。
「さァて……覚悟は出来ているだろうな」
――神の名において……哀れなる者達に救済を……光の中で赦しの光を導け!
何やら詠唱している……。
嫌な予感がするが体が動かない。
恐怖か? まるでヘビに睨まれたカエルの心境だ。
「くらえ! エターナル……」
ヤツが呪文を唱えた瞬間、大きな轟音が鳴り響いたんだ。
それはドラゴンの攻撃か――それともサイクロプスの攻撃か。
もしくは強大な呪文での攻撃かもしれない。
「あ、あれは……」
ダイセイシが弾き返したイフリガが、遠くの建物に直撃していた。
それを見たヤツは慌てふためいている。
「な、なんてこった! パンナコッタ! 僕が作った『エーターナール』がある倉庫じゃないか!!」
ワナワナと体を震わせている。
大事なものがあそこに眠っているんだろうか?
「あれは僕の最高傑作――最強の兵器!」
「な、何だ?」
「エーターナールを無くすわけにはいかん!」
ダイセイシは急いで燃えている倉庫へと向かって行った。
僕とサファウダは何とか助かったようだ。
「逃げるチャンスが出来ましたね」
「う、うん」
「まずはあなたの仲間を探さないといけません」
「わかりますか?」
「ええ……大聖師が老人と女性をキャラメイク用のカプセルに入れるところを見ました。こことは別の場所にいるはずです」
「カプセル?」
「あなたが入れられた筒状の入れ物ですよ」
「あ、あれか」
「急ぎましょう。あいつが戻らないうちに……」
ボクはサファウダに連れられ、この不思議な空間を歩いた。
周りには様々な形状の建物が並んでいる。
もちろん筒状の入れ物――カプセルの中には様々な人間や魔物達がいた。
中には見たこともない凶暴そうな魔物もいる。
「凄い。見ただけで鳥肌が立つ……こんな魔物は見たことがない」
「敵キャラだけを作って放置しているようですね。おそらくは隠しダンジョンに出す予定の魔物でしょう」
「サファウダだっけ……あなたは何者なんですか?」
彼女はボクの質問に答えた。
「あなたの前の世界――いえ物語に出てくる女王です」
「じょ、女王?」
そんな女王など世界広しといえども聞いたことがない。
その言葉を待ってたかのようにサファウダは言った。
「遥か太古、世界征服を目論む魔竜王ルビナスが現れました。ルビナスは知恵ある龍族、魔獣の軍団と魔那人形と呼ばれる不思議な人形に魔物達を乗せ、国を次々と滅ぼしていきました。残った小国のサファウダ国の女王は強力な魔導の持ち主。対抗するため人間達独自の魔那人形開発を思い立ったのでした。選ばれた勇者の名前はソル・アルバース――今ここに戦いの物語が始まる」
「サ、サファウダ?」
突然のことに動揺するボクにサファウダは笑った。
「ふふっ……途中で消された物語のあらすじですよ」
「消された?」
「設定だけを思案して、しっかりとした物語を構築することが出来なかったからです」
「どういうことですか」
「端的にお伝えしましょう――世界も私達も、大聖師によって作られた存在です」
「つ、作られた存在!?」
初めて知った真実。
でもボクはまだ信じられなかった。
作られた存在だなんてウソだと――だったらこれまでの冒険は何だったんだ。
辛いこと……苦しいこと……悲しいこと……。
ボク達はそれらを全て乗り越えて来たんだ。
「どこだ! どこにいるゥ!!」
ダイセイシの声だ!
サファウダはボクの手を掴むと、
「丁度良かった……あそこに逃げましょう」
急いで入った建物――白くて神秘的な建物だ。
中には書棚が多く並んでいる。
「こ、これは書庫?」
そう書棚には本が多く入っていた。
サファウダは書棚の本に手をやると静かに言った。
「ここは大聖師が考えた物語や設定集を保管する書庫です」
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