理性を失いゴルトアヌビスを化したベルタ。
黄金の毛並みは燃える屋敷に照らし出され怪しく輝いていた。
――ガァー!!
残った美しい花々を散らし襲いかかる。
「怪物め! 再び魔法剣で切り裂いてくれるわ!!」
――風神乱刀ッ!!
ジェイドは再び魔法を剣に込めて真空波を解き放った。
しかし、黄金の毛皮は固いのか全く効いている様子はない。
「グルルルル……」
ゴルトアヌビスは鋭い爪を研ぎながらジェイドを見据える。
「ぬぅ……」
ジェイドは見るからに焦っていた。
自慢の魔法剣が通用しなかったからだろう。
「き、効かないのか。我が魔法剣は鋼の鎧を切り裂く威力が――」
「ジェイド避けろ!!」
――ズバッ!
動揺するジェイドはゴルトアヌビスの斬撃を受けた。
「ぬう……!!」
胸から鮮血がほとばしった。
ジェイドは足元から崩れ落ちた。
「大丈夫か!」
俺は直ぐさまジェイドの元へ駆け寄る。
「鋭く速い斬撃だ……そこいらの獣人とは比べ物にならん」
――グルアアアアアアアアア!!
ゴルトアヌビスは雄叫びを上げる。
そこにはかつてのサキュバスの姿はなかった。
「早くここから離れて! あいつ何かする気よ!!」
ラナンが言った時だ、ゴルトアヌビスの両手から何やら白く発光している。
こいつ……まさか今度は魔法攻撃を……。
――ボルトブレイク!
丸い発光体が俺とジェイドを襲う。
雷属性の魔法『ボルトブレイク』だ。
巨大な電撃の塊を受ければ俺達は黒焦げになる。
――ブリーズカノン!
後ろからラナンが風属性の魔法『ブリーズカノン』を放った。
ボルトブレイクと同程度の巨大な空気の弾丸だ。
雷属性と風属性は相反する存在。
二つの魔法がぶつかり合い相殺させる算段か。
「お前、風属性の魔法も出来るんだな」
「ボケっとしてないで次はあんたの……」
ボルトブレイクとブリーズカノンがぶつかり合い閃光が発生している。
普通の魔物ならその光で多少の目くらましになり動けないであろう。
「グルアアア!」
でもこのゴルトアヌビスは違った。
そのまま冷静に素早い動きで獲物を捕らえる。
「きゃっ?!」
「ラナン!」
イダテを唱えた獣人族お得意の斬撃殺法だ。
幸い発生した閃光で急所は免れたが腕や足を斬られた。
人間と同じような赤い血がラナンの手足から流れている。
「ガアアアアアアアアアアアッ!!」
追撃の体勢だ。
狙いはおそらくラナンだろう。
「クソ!!」
このままではラナンが危ない。
しかし、俺の速度では間に合わない……どうすれば……。
――風烈斬ッ!!
ジェイドは力を振り絞り、真空波をゴルトアヌビスの眼に向けて放った。
ダメージの影響で精度はないが確かに右の眼に当てることに成功した。
「グルアアアッ?!」
苦しむゴルトアヌビス。
斬るなら今しかない。
「斬れ! あの鋼鉄よりも固い皮膚を裂くことが出来るのは、お前の持つ剣だけだ!!」
ジェイドは必死の形相であるが俺は少し迷う。
ベルタの話は真実のような気がしてならない。
そうなれば、悪いのは邪悪な心もつ人間だ。
「それは分かっているが……」
それに途中現れたあの男……。
あの男が何をしたかわからないが、そのせいでベルタはゴルトアヌビスに変貌した。
何かの魔法で変えたのであろう。決して彼女の意志ではない。
どうにかして元に戻す方法はないか。
方法が見つかりようもないハズなのに、俺はどうにかしてベルタを救う方法はないかと思案していた。
「ううっ……」
爪で裂かれたダメージでうずくまるラナン。
その姿を見たジェイドは懇願するように叫んだ。
「黄金を斬れ! あの金色に輝くバケモノを斬るのだ!!」
俺はジェイドがはめている指輪が一瞬輝くのを見た。
「……」
俺は黙って立ち上がり、アレイクを構えた。
真っすぐに――真っすぐに剣を八双に構え走る。
――走る。
目前にいるゴルトアヌビスは目を押さえている。
斬る……斬るのだ。
黄金を斬るのだ!
「グガァ……アアッ……ァ!!」
美獣が咆哮が耳元に聞こえる。
俺は手にはっきりと感じた。
肉と骨を斬る感触だ。
袈裟懸けに切り裂いたのは金色の身体。
俺は返り血を浴びる。
斬られたゴルトアヌビスは華のような鮮血を吹き出しながら倒れた。
「――ハァハァ」
アレイクの影響で疲労感が俺を襲う。
この疲労感はアレイクのせいだけではないだろう。
ゴルトアヌビス――哀れなベルタを斬ったのだから。
血の海に沈むゴルトアヌビス、気付くと元のベルタの姿に戻っていた。
「ありが……とう……やっと私は死ねる」
俺はフラフラと座り込み、ベルタに言った。
「やっと死ねる?」
「そう……これで私はこの物語から退場よ。もう何の役もなくなった」
『役』だと?
イベントだのダイセイシだの、この世界で何が起こっているのだ。
平和だったある日、魔王ドラゼウフが現れイリアサン王国を征服を宣言。
大人しかった魔物達は暴れ始め、世界は混沌に包まれた。
そこで現れたのは勇者と俺達だ。
魔王打倒のために様々なクエストをクリアしてきた。
それが正義だと、役割だと思い冒険を続けた。
しかし、俺は勇者パーティから外され魔王軍に堕ちた戦士。
なし崩し的に協力し、そこで知ったのは魔王ドラゼウフが既に倒されていたことだ。
本来ならそこで物語は終了。
だが、そうはいかなかった。ドラゼウフを倒した勇者と称するものが自ら魔王を名乗った。
「私はやっと解放された……」
一人呟くベルタ。
そうするとジェイドとラナンが傷ついた体を引きずりながら来た。
「やったわね」
「ああ……」
ジェイドは静かにベルタを見ていた。
彼は無言で精霊石の指輪を取ると、彼女の手にそっと握らせた。
ベルタは手に置かれた指輪をただただ見つめている。
「綺麗……キラキラして輝くものは好き……あの人の心は誰よりも……美し……く……輝い……て……」
その言葉を最後にベルタは静かに目を閉じた。
ベルタ暗殺の任務は完遂することが出来たのだ。
「その指輪はベルタ――お前にやろう」
小さくて聞き取りにくいが、確かにジェイドはそう言ったように聞こえた。
「終わったか」
疲れた俺はふと屋敷を見た。
先程まで炎に包まれた屋敷は黒く焼け崩れかけている。
――ドッ!
「ガルア!」
「だ、大丈夫か!?」
クエストをクリアしたが代償は大きい。
アレイクを使い過ぎたのだろう。
俺は地面に倒れ、意識が徐々に遠くなっていくのを感じた。
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