女勇者が登場した。
単独であの魔王ドラゼウフを倒したのだ。
竹細工のような細い華奢な体の彼女が本当に一人で……。
俺は疑問に思い、小声でフサームに尋ねた。
「本当にこの女が勇者なのか?」
「ま、間違いねェ……こいつが単身城の正面から乗り込んで来たのを覚えている」
フサームの声が震えていた。
ひょっとしたら、フサームはこの女勇者と交戦したか仲間が倒されていくのを目撃したのかもしれない。
怯え、すくむ姿は実体験した者でしか分からない説得力を持たせていた。
「ウ、ウゲ……ガハッ!!」
後ろから声がした。
なんとゲレドッツォは生きており立ち上がってきた。
胸を押さえるも、口からは血を吐いている。
「折角これからゲレド国を作ろうと思ってたのに!」
「こいつ……まだ立てるのか」
俺がカタストハンマーを握り身構えた時だった。
女勇者の口が開いた。
「ご苦労様。ちょっと時間がかかったのは減点ポイントだけどね」
「ゲ、ゲェー!?」
フサームは頭を抱え、城の柱に隠れた。
一体何事か。
――バチ……バチ……
女勇者の右手には電撃の塊を放出させていた。
「今日からボクが新たな支配者となる」
そう述べると、女勇者は雷撃の塊を放ったのだ。
――ミョルニルサンダー!!
(ミョルニルサンダー?!)
聖属性と雷属性の複合呪文『ミョルニルサンダー』。
勇者しか扱えない伝説の魔法……。
昔、ある古い書物にそう書かれていることを読んだことがある。
あれが本当にミョルニルサンダーであるならば、彼女は正真正銘の勇者ということになる。
「ひ、ひぎゃあああ?!」
聖なる雷光はゲレドッツォに直撃。
それと同時に凍結されたドラゼウフの骸にも当たった。
「このような偶像崇拝物も、新生魔王軍にとっては邪魔にしかならない」
冷たく女勇者が述べた。その右手はギュッと固く握りしめている。
――パンと、雷鳴と何かが砕ける乾いた音が二つ部屋に響いた。
そう……ゲレドッツォとドラゼウフの骸は粉々に消し飛んでしまったのだ。
(つ、強い!)
周りには塵となった粒子が飛んでいる。
それはどこか美しく幻想的な輝きを放っていた。
「お見事です、魔王様」
ラナンはそう述べると跪いた。
「魔王……この女が?」
俺は夢を見ているような気分だった。
女、それも勇者だ。
自分達の王であったドラゼウフを殺した人間だ。
それがこの新生魔王軍の王だと言うのだ。
「新しい魔王の御前だ。お前も跪くのだ」
近くにいるハンバルが俺に注意した。
俺は呆然と立ったままだ。
余りにも唐突過ぎて意味が分からないでいた。
「呪いの装備のガルアさん」
女勇者……否、女魔王が俺の耳元で囁いた。
どこか威厳がある。
「フフッ……」
女魔王は氷の微笑みを浮かべていた。
本当に勇者だったのだろうか、そして何があったのだろうか。
俺は訳が分からないまま、ただ静かに立っていた。
「今日からボクが魔王ドラゼウフの名を受け継ぐ……よいな!!」
女魔王は玉座があった階段に昇り俺達を見下ろしている。
そうすると後ろから多くの声が聞こえてきた。
――ハッ!!
いつの間にか部屋には、他の魔物達も集まっていたようだ。
あらゆる種族の魔物達、皆一斉に跪き頭を下げていた。
中には、ラナンに似たような人間に似た妖魔もいる。
「ガルア、フサーム、魔王の前である。頭を下げよ」
サッドが俺やフサームに注意した。
「は、ははァ!」
フサームはしっぽを震わせ、急いで頭と膝を床についた。
だが、俺は立ったままだ。
それは恐怖からか、それとも人間側としての矜持なのか。
「人間、頭を下げよ!」
一人のオーガらしき魔物が怒声を放った。
俺が未だに服従の形を取らないからだ。
「お前は黙っておけ」
女魔王は逆にオーガを針で刺すような声で注意した。
「ハ、ハハッ!」
オーガはその言葉を聞くと平伏している。
女魔王の威圧……オーガがその声だけで怖気づいていた。
「まだ人間側としての正義感が残っているようで安心したよ」
女魔王は俺を見ている、どこか暖かみのある視線だ。
「期待している。呪われた戦士の力を貸して欲しい」
魔王ドラゼウフの名を受け継いだ女勇者。
さしずめ『2代目ドラゼウフ』といったところか。
人間である彼女が……勇者が何故魔王などになったのであろう。
***
場所は変わり、美しいステンドグラスに囲われた館に移す。
ここは、イリアサン王国領内の『シテン寺院』という大寺院である。
そこに赤いローブに身を包んだ一人の魔術師が立っていた。
手には水晶玉を持っているが、その水晶はヒビが入っている。
「ゲレドッツォがやられたようです」
手に持つ水晶玉は『ライフキューブ』。
使役する魔物や精霊の目を通し、敵軍内を偵察する機能があるアイテム。
魔物や精霊の命が尽きるのと同時にライフキューブが故障する。
「誰がじゃ」
巨大な女神像の前に小男がいた。見た目は齢20代前半といった印象か。
サイネリア色の頭巾に体を包み込む白いマント。
男の名は大聖師、このシテン寺院を司っている。
「いえ……ですからゲレドッツォです」
魔法使いは勇者パーティにいたジルである。
何故彼がこの場所で大聖師の前に立っているのだろうか。
「何故じゃ」
「戦士ガルア……いえ、実質は例の女に……」
「どうしてじゃ」
「大聖師様が作り上げられた魔物が……」
ジルの言葉を遮り、大聖師は尋ねる。
「その魔物とは誰じゃ」
「ゲレドッツォが……」
「誰にやられたのじゃ」
ジルは目を閉じた。
また、いつものおフザケが始まったのかと。
「いや失礼、失礼。なるほど、あの『勝手に動く出来損ない』にトカゲくんは殺されたか」
「左様でございます」
「しかし、戦士ガルア? それって君のパーティにいたモブキャラのことだよね」
大聖師の言葉にジルは静かに頷く。
「はい。イグナスが彼を追い出した後、女魔族に操られたのか魔王軍に入っています」
「ふーん」
大聖師は苦々しい表情で言った。
「全く……この世界で素晴らしい英雄譚を作ろうとしているのに、何故こうも想定外ばかりが起こるのだろう」
暫く大聖師は腕を組み何やら考え事をしていたが、気持ちを切り替えニコリと笑った。
「想定外も、エピックビルダーの一部と思って割り切るしかないね」
(エピックビルダー?)
ジルは大聖師のよく分からない言葉に首を傾げるのであった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!