監視者と名乗る諜報員。
大聖師が潜ませていた罠。
イオが仲間にした魔物の中に刺客がいたのだ。
「魔物の中に大聖師の情報員がいるなんてボクは――」
「俺達はヤツに作られた存在なんだろう?」
「そうかもしれない……でもボクは仲間を疑うことなんて……」
物語の展開を狂わせるために魔王を名乗ったイオ。
だが彼女はやはり勇者、自ら仲間にした魔物を疑うなど出来はしない。
重苦しい空気感が流れる中、ラナンが虚空を見上げながら言った。
「ガルアが言っていることは本当です」
そして、ラナンはイオの大きな瞳を見た。
己が生まれた理由を伝えるためだろう。
「私も大聖師に与えられた使命の果たすために潜り込んだ監視者です」
「な、なんじゃと!?」
それを聞いたクロノが驚いた顔をしている。
ラナンの元へと行き両肩をガッシリと掴んだ。
「どういうことか説明せんか! ウソならウソと言ってくれ!」
「ウソじゃない……あの洋館で貴方達が来るのを待っていた。私は消し損ねたデータのふりをして仲間になったの」
「そんな……」
クロノはラナンを離す。全身の力が抜けたようだった。
よくはわからないが、クロノにとってラナンは特別な存在だったのだろう。
「魔物とはいえ、ワシはお前を孫のようなモンと思っていた。存在しないものと理解りつつも、いたらよいなと……そんなときに孫の面影に似ているお前と出会って……」
元気な印象があるクロノが落ち込む姿を初めて見た。
俺はハンバルにそれとなく尋ねることにした。
「どうしたんだ……?」
「クロノはラナンを存在しない家族に重ね合わせていたのだ」
「存在しない?」
「クロノの家族は大聖師が作った設定だけの存在。しかし、クロノの記憶には克明に家族の記憶が刻まれている……いない家族との美しい思い出、偽りの記憶――筆舌に尽くしがたい」
ハンバルは右拳を固く握る。
冷静沈着な印象があるハンバルにしては珍しく感情的になっていた。
「それは俺とて同じ。俺は『聖女』という居もしない存在を護衛するよう作られた魔物ホーリートロル。設定だけで放置され、誰もいないダンジョンで使命を果たそうと孤独に耐える日々――そして、自由にしてくれたのがイオ様だ」
俺達は作られた存在、大聖師が生み出した物語の登場人物で各キャラには設定が与えられている。
作り出されたいい加減な設定、それが逆に苦しみを与える場合もある。
俺にも家族がいるがそれも偽りの記憶、幸い両親共にこの世にいないという設定なのは救いだった。
しかし、この世にいない家族が存在としてだけ記憶されたら、使命だけ与えられ放置されたら……。
そう思うと心が痛くなる。
静寂に包まれた空間、そうするとイオが重い口を開いた。
「よく話してくれたね……それは自分達の勝利を確信したからかい?」
イオは光の剣をラナンへと向けている。
ラナンは表情を崩さずに答えた。
「自分から申告するなんてね。何を思ったか知らないが命乞いなら聞かないよ」
「早く斬るなら斬って下さい。私は裏切者なのですから」
「潔いね」
「使命は果たしましたから」
「ずっとおかしいと思ってたんだ。作戦は筒抜けだし、タイミングよく敵は襲ってくるし……」
イオはラナンの首筋に剣先で狙いをつけている。
それが意味することはわかる。裏切者の粛清だ。
「ま、待てイオ! ちょっと待ってくれ!」
「ダメだクロノ。こいつは仲間を裏切った」
クロノの静止を聞かずイオは剣を上段に構えた。
「やめろ」
「ガルア……」
俺はイオを止めた。
ラナンは少し驚いた表情、イオは黙って俺を見据えている。
「そこをどきなよ」
「ラナンは俺達を助けてくれた」
「助けただって?」
静かに見ていたトウリが口を開いた。
「左様、そこの妖魔が機転を利かせエアルートで拙者達をここに送った。おそらく事実を伝えるために――」
トウリの言葉を聞いたイオは首を横に振った。
「だから何だ! 既にイベントは最悪な形で始まったんだぞ!」
切迫感、焦燥感、圧迫感が感じられた。
これまで冷静さを演出していたが、彼女なりの焦りがあったのだろう。
世界から多くの城や街、村、ダンジョンが消されている現状……。
早く世界に、物語の予想を裏切るバグを発生させなければ、大聖師が物語を消しかねない。
だが、イオが思ったよりも早く世界にリセットがかけられてしまった。
このゴルベガスが襲撃されたのも、残された街がここしかないからだろう。
「焦るな、落ち着け」
「ボクが焦っているだと?」
「ここには俺達バグが集まっている。それならば予想を裏切る展開が必然的に起きる」
「何が言いたいんだい?」
「ラナンが俺達をここに連れてきたこと――それもバグだ」
「バグか……」
イオは暫く俺の目を見ると、
「処分は後にしてやる」
剣を鞘に納めた。
「街の防衛に全力を尽くそう。君の言葉通りなら予想の斜め上の展開が起こるハズだ」
剣を収めたイオを見て、俺はふとイグナスのことを思い出した。
彼は俺の言葉を無視してラナンを斬ろうとしたが、イオはその逆だった。
バグを発生させるために魔王を名乗る彼女であったが、やはり根底に流れるのは勇者の血だ。
イグナスとは――いや待てよ?
彼は勇者としてお世辞にも褒められた男ではなかった。
それが大聖師の望む主人公として逸脱したものであるならば、イグナスはバグキャラとみなされる。
もし、それがそうなら彼は物語からは退場させるべき存在だ。
(もしや、イグナスは――)
俺がそう思った時だった。
トウリを介抱するミラが上空を指差した。
「あ、あれは!?」
そこには魔法衣を着た妖魔がいた。宙を浮き、大勢の魔物を従えている。
魔物の種類はアークデーモン、バズズ、ファイアードラゴン、ヒドラ……。
何れも上級種の悪魔やドラゴンである。
「貴様か偽りの魔王は」
魔法衣を着た妖魔が地に降り立った。
肌は薄紫色、髑髏のような顔立ち、放たれるオーラ。
全てが禍々しく、威厳が感じられた。
「我が名はレフログス、大魔王の称号を持つ」
「大魔王?」
「ドラゼウフもその息子であるゲレドッツォも余の配下に過ぎん。世界を闇で包むためにこの地に降りたが――その前に魔王を勝手に名乗る人間を始末する」
何だコイツは!?
そもそもゲレドッツォはドラゼウフの息子でも何でもない。
ただのリザードマンだった!
だいたい急に大魔王を名乗り現れたのもおかしい。
これも大聖師の遊戯で差し向けられた敵か?
「辻褄合わせの後付け設定か――あのリザードマンが公式にドラゼウフの息子にされたようだ」
イオは剣先を魔物の軍団に向けた。
それに合わせてレフログス達も身構える。
だが、ここには満足に動けないトウリや介抱しているミラもいる。
俺は一つの提案を出した。
「待て、ここは俺が時間を稼ぐ。イオ達は屋敷に入れ」
「時間を稼ぐ?」
「屋敷の中に魔那人形はあるんだろ」
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