「越えてはならねェ一線だと?」
「お前はレベルを上げるために仲間を殺した」
フサームとドビーダスは睨み合う。
そこにはかつての仲間の友情はない。
フサームは敵としてドビーダスを見ていた。
新生魔王軍に反乱をもくろむベルタの部下となり、同じ魔物を殺して腕を磨く。
魔物には魔物なりの矜持とルールがあるハズだ。
「ケッ! 人間の魔王に仕えるテメェこそ一線を越えているじゃないか」
「ドビーダス……お前何でそんなことを知っているんだ」
「気安く俺の名前を呼ぶな」
ジリジリと間合いを詰める両者。
フサームはハンバルと魔物達に言った。
「お前ら手を出すなよ」
「誰が手を出すものか」
ハンバルは腕を組み静かに言った。
ドビーダスは鉄爪に魔法力を込めている。
魔闘技による火炎の斬撃技『梅花古狼火』の準備である。
この技、本来この世界には存在しない技である。
詳細はこの物語で何れ明かされるだろう。
「火属性の魔法を使うなんてモダンなこったな、それとその拳法――誰に教わりどこで学んだ」
鉄爪が赤くなるのを見たフサームは、そう述べながら剣を平正眼に構える。
獣人族のコボルト種がレベルを上げたとしても、使用できるのは風属性の魔法のみ。
「大聖師様に与えられた力だ。後はレベルを上げまくれば俺は天下無双……何れ魔王もベルタもブチ殺して俺が魔族の王になる!」
「そりゃ無理だ、お前くらいの実力の魔物は腐るほどいるぜ」
「うるせェ! 古めかしいイダテでの斬撃攻撃しかねェ、お前が俺に勝てるかよ!!」
「古いんじゃなくて、獣人族の伝統流儀『カムイ』と言ってもらいたいね」
――ザッ……
両雄一足一刀の間合いに入った。
――先制攻撃は。
――ザクッ!!
「えっ……」
疾風迅雷の斬撃がドビーダスの首の頸動脈を切り裂いた。
一瞬の出来事だ。
一振りで息の根を止めたといってもよい。
【急所斬り】相手が一定のレベルであれば一撃で仕留められるスキルである。
「ウ、ウソだろ?」
「スピードを活かした戦法が、俺達獣人族の持ち味だぜ」
ドビーダスは首筋から血飛沫を上げ地面に倒れた。
確かにドビーダスは強くなったがそれは促成的なものだ。
高い身体能力を誇る獣人族の持ち味を活かせる戦法ではなかった。
余計な魔闘技、呪文は素早さを誇るコボルトの長所を殺すには十分であった。
「や、役立たずのコボルトめ」
その光景を見ていたクリスタルディ。
手を握りしめ悔しがっている。
「ク、クリスタルディさん! 逃げましょう!!」
「へっ?」
そう大混乱だった闇カジノは熱と煙に包まれた。
オークメイジが観客席目がけて放ったフレイムショットの火で、気がつくと闘技場から地下一帯を赤い炎が覆っていたのだ。
「ゴホゴホ! 早く出ろ煙が充満してきた!!」
「狭すぎて出れねェんだよ!」
「い、意識が遠くなってきたザマス」
出口付近は狭く、逃げ出す観客達が密集してしまい脱出できない。
煙を吸い込んだ観客達は次々に意識を失っていく。
一酸化炭素中毒による死である。
「う、うげげ……息苦しくなってきた」
クリスタルディも同様である。
逃げるにしても闘技場に降りると魔物がいる。
かと言って人が密集している出口に行くことは出来ない。
「ベ、ベルタ……」
クリスタルディとベルタの出会い。
あれは雨が降る蒸し暑い夜のことだった。
ある晩、クリスタルディは外に女がいることに気付いた。
その姿を見た、クリスタルディは一遍に恋慕の情を抱いた。
領主となってこれまで女性に一片の興味もなかったが、彼女だけは特別だった。
それはどこか死んだ母親の面影があったせいだろうか。
「君は?」
「ベルタ・メイプシモンと申します……クリスタルディ様に折り入ってお願いしに参りました」
何でもベルタは、さる貴族の屋敷から大事な食器を壊し追い出されたらしい。
「お願いします、私をこの屋敷に使用人として雇って頂けませんか」
クリスタルディはこの言葉に二つ返事で了承した。
彼女を愛したクリスタルディは、豪勢な部屋や装飾品を与え言うことは何でも聞いた。
更には財力を活かし、闇カジノを作り経営。稼いだ金を全てベルタに与えた。
途中で妖魔と気付いたのは最近だ。
夜な夜な外へ出て、獣人らしき男達と話し込んでいたからだ。
またベルタが知り合いとして連れて来た者は、獣人が人に擬態していることを理解しつつも屋敷の使用人として雇った。
ドビーダスを連れて来たのも彼女だ。
何でも友人の魔獣使いが闘技用の魔物として捕まえたらしい。
その話がウソであることは百も承知だった。
自分は利用されている。
次第に自分の心が残虐になることも実感できた。
悪鬼、魔物と戯れることによる影響か、過度なまでに残酷になるようになった。
闇カジノで借金をこさえた人間を屑と称し、魔物と戦わせる娯楽を思いついた。
元々の残酷性が覚醒したのか、それとも魔物のような心に近付けることでベルタに気に入られるためにしたか分からない。
ただクリスタルディは一途だった。これは確かだ。
「お、俺はただ――」
クリスタルディは失意のまま意識を失った。
――永遠に。
***
「行くぞ、運のいいことに俺達が来た通路は外に繋がっている」
「ああ……」
ハンバルはフサームに言った。
早く脱出しないと自分達も炎や煙に巻き込まれるからだ。
だが、フサームは血の海に沈むドビーダスを見ていた。
「フサーム、俺はただ強くなりたかったんだよ」
「解ってるよ、お前は皆を見返したかっただけなんだよな。人間も魔物も――」
「結局、俺は安牌な人間や魔物を相手に勝って憂さを晴らしてただけだった。ガルアって人間が言ってたことが正しかった」
「ガルア? あいつが何で闘技場にいるんだ」
ガルアが闘技場にいることを知ったフサーム。
ひょっとすればドビーダスが彼を殺したのかもしれない。
「何だ……フサームにも人間の仲間が出来たのか。安心しろよアイツは逃げた」
「そうか」
フサームは不思議だった。
どこか彼の安否を知ると心がホッとしたのだ。
人間は敵である。だが上司である魔王も作戦を共にしているのも人間だ。
弱肉強食の世界である魔物、魔族の世界ではどんな種族であろうと強いものの命令に従うのがルール。
しかし、フサームの中ではガルアに少し親近感を持ち始めていた。
特にこれといった特技はなく、肉弾戦だけが持ち味。
不器用な生き方で、目の前のドビーダスと同じように仲間から外された人間。
フサームがガルアに対し友情が生まれるには、十分すぎる条件だった。
「な、なァ……フサーム」
「何だ」
「お前、あのガルアって人間と友達なのかい?」
「バカいえ、本当の友達は最初から最後までお前だけだよ」
「嬉しい……な……」
それを最後にドビーダスの目から光が消えた。
本来の彼にようやく会えたような気がした。
「さらば友よ」
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