ラナンがインストールを発動させた。
本来ならばイオ――いやサファウダという女王のみ扱える魔法。
疑問を考えるヒマもなく目に様々なビジョンが映し出される。
「お前の役目は分かっているな?」
「はい」
「よし……まずは『濡羽色の魔女』を殺してこい。先回りしてお前が成り代わるんだ」
「はい」
「まだ簡単な言葉しか話せないか。まあ赤ん坊みたいなものだからな」
これは……大聖師とラナンか?
次に見えるビジョンは暗い洋館。そこには水晶玉を持った老婆がいた。
いや耳も鼻も尖っている。どうやらあの老婆は妖魔のようだ。
それにあの黒いローブはラナンが着ていたもの――
「娘さん、重要なイベントもアイテムもないのによく来たの」
ラナンの手に火球が練られる。それを見た老妖魔は妖しく笑っている。
「ヒヒヒ……フレイムショットか。ワシを殺すというのかい?」
「はい」
「何者か知らぬがよい機会ぢゃ。戦いついでに様々な魔法を見せてやろうぞ」
ラナンと老妖魔の戦闘が始まった。互いに魔法での攻防……。
しかし、体力的にラナンが上回っており遂に老妖魔を倒した。
「ありがとうよ」
何故か老妖魔は微笑んでいる。まるでラナンに感謝している様子だ。
「……?」
「一人は寂しいもんぢゃ……ワシという存在にどんな形であれ……会いに来てくれたことは……」
そのまま老妖魔は息を引き取った。
誰も来るはずがない洋館にラナンが来たことに喜んでいたのか?
それが例え自分を殺しに来た刺客であろうとも……。
一方のラナンは人形のように立っている。その目に生気はないが――
「ごめんなさい……」
その目に光りが僅かに灯り、感情らしきものが芽生えつつあるように見えた。
「君が『濡羽色の魔女』かい?」
「はい」
次に見えたのはイオとクロノのビジョンだ。
どうやら削除された物語の断片を集めている旅の途中らしい。
イオとクロノはラナンと対峙している。
「『濡羽色の魔女』なる妖魔がこんな若い娘とは」
「クロノ、見た目に油断しちゃダメだ。こいつは強力な魔法を使用する」
再び戦闘が始まった。
今度はイオの圧倒的な剣技、クロノの魔法でラナンは倒された。
地に伏せるラナンにイオは手を差し伸べる。
「強いね。どうかなボクの仲間にならないか」
「はい……」
「キミの名前は既に決めている。ラナン、ラナン・シャルトだ」
「シャ、シャルト? なんじゃその苗字は」
「ボクに設定された母親の旧姓さ」
続いて、クロノの映像が見えた。洋館にある本棚を眺めていた。
「ほう……この洋館には様々な魔導書があるな。ワシの知らん魔法まである」
「はい」
「塩対応じゃのう、こんな固い本ばかり読むからそうなる。恋愛小説でも読んだらどうじゃ」
「レンアイ?」
「男と女が愛で結ばれることじゃよ」
ラナンの最初のビジョンはまるで生き人形だった。
命令のままに動き、指示通りに行動する。
それは大聖師がイオの行動を監視し、削除するまでの捨て駒として急拵えで彼女を作ったからだろう。
イオ達と共に過ごすうちにたどたどしい言葉はなくなり――
「クロノさん」
「なんじゃラナン」
「キスって何?」
「ブゥ――ッ!!」
クロノが黒い液体を吐き出し、それを見て笑うラナン。
そう……彼女は徐々に感情を芽生えさせていった。
「大聖師様のご命令だ。迷宮の森へ行くのです」
今度見えたのはマージルの顔だ。
人気のない静かな森で話をしている。
「迷宮の森?」
「そこに大聖師様が大切なものを落とされたらしい」
「特徴は……」
「青い本だ。それを入手したらすぐに渡しなさい、くれぐれも中身は読まないように」
ラナンは少し疑問に持つも命令通りに迷宮の森へと向かった。
彼女は森に入るも『青い本』は見つからない。
森には宝箱も、それらしい祠もない。彼女が諦めて引き返そうと振り返ると……。
『作られし魔族よ、この森に何用だ』
青いドラゴンがいた。突然の出現に彼女は身構えた。
「エンカウント……!」
『落ち着け、お前と戦いに来たわけではない』
「戦わない?」
『私は人間以外は殺さない』
それ以降、彼女は自分の使命を忘れ、この青いドラゴンと会うようになった。
青いドラゴンはサピロスという名前で――人々の間では『青い暴君』と呼ばれ恐れられていた。
魔物と会話できる能力を持つラナンはある日、サピロスに質問をした。
「何で人間を憎むの?」
『そういう風に作られた――いや作り変えられたが正しいか』
サピロスは不自然に石が積まれたところまで行く。
息吹により石は吹き飛ばした。そこにはあの階段が現れている。
俺がラナンに聞いた女王の隠し部屋だったというところまで繋がる階段だ。
『階段を降りて見るといい――自分の意志を持ちしバグよ』
ラナンが階段を降りると青い本があった。そう俺が目にしたあの本だ。
そして、それが大聖師が探し求めている本である。
本をめくると、この世界の遥か昔にサファウダという国があったことが克明に記されている。
更にページをめくると、そこにはアレイクの秘密が書かれていた。
「サピロス! 誰にやられたの!?」
青い本を読み終えたラナンが戻ると傷だらけのサピロスがいた。
そうイグナスにより倒されたのだ。
『人間だ。それも勇者と名乗る男に――』
「何か回復できるものを……」
『やめておけ……所詮、私は魔物というやられ役だ。人間に倒され、ここで死ぬ運命だったのだ』
「嫌! あなたは私の大切な友達……」
『涙か……メイキングされた人形だというのに感情を持ったようだな』
「サピロス……何故それを……」
『それよりも、あの本は読んだか?』
「ええ……」
『バグが起きたお前なら何か出来るかもしれん。私の持つ記憶をやろう』
――インストール!
ビジョンが移り変わる。何度も何度も――
そこにはラナンが体験した日々の数々。
最後に映ったのはイオとラナンの姿。二人はどこかの部屋で会話している。
「これがサファウダ戦記? ヤツの設定集はあの異空間にしかないと思っていたけど……」
「迷宮の森で発見致しました」
「あそこか……あのエリアは元々サファダ国があった場所だからね」
「では私はこれで」
ラナンがお辞儀するとイオが尋ねた。
「あの森でサピロスというドラゴンに会わなかったかい?」
ラナンは視線を下に向けると答えた。
「人間を憎んでいるようでしたので仲間には――」
「そうか残念だ」
イオは本を開けながらサファウダ戦記を読む。
そこにはアレイクや魔那人形、女王サファウダの姿があった。
「おかしいな」
「おかしい?」
「魔竜王ルビナスの姿が書かれていないんだ。それに物語もソルがラストダンジョンのアビス城に突入するところで終わっている」
***
「ガルア……受け取った?」
「ああ……確かに受け取った」
ラナンはサピロスから受け継いだ記憶を俺にインストールする。
「よかった……あなたが倒すの……そうすれば……」
ラナンはそのまま静かに目を閉じた。
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