サファウダの記憶がボクに記録されていった。
彼女の女王としての役目、飼っていたサピロスという青い小竜。
ソルという勇者――襲ってくる魔物――そして、魔那人形と魔導仕掛けのゴーレムの製造方法。
そして、人間と魔族との戦争が起きて全てが消え去ったこと……。
「これは……」
「インストールは完了しました」
「サファウダは何でボクにこんな記憶を?」
「あなたに世界を救って頂きたいのです」
「ボクが?」
「世界に残された忘れられた記録の断片……それを少しでも集めバグを引き起こして欲しいのです」
「そんなことを言われても……」
ボクは気力を失っていた。
全ては大聖師という創造主が作り出したまやかしの世界だ。
今更、どうこうしようとボク達はヤツが作った人形。
それならば、ヤツに与えられた役割を全うした方が幸せではないかと思った。
「お願いします。何度も世界が消され、その度に命は消えました。私達は例え作られた命であったとしても……」
彼女の目からキラリと光るものが流れた。
「そこには生命の悲しみがある。悲劇を繰り返してはいけません」
「サファウダ?」
涙だ。
「私は愛する人が狂い、目の前で消えていきました」
「ソルって男の人のこと?」
ボクはサファウダの記憶が刻まれたのだ。彼女の哀しみの理由が分かる。
前の世界の主人公、ソル・アルバースは人間の負の部分を見て狂った。
闇落ちというやつだ……。
悪役の魔竜王ルビナスの部下になり、シナリオが破綻した。
サファウダはそれでも主人公のソルを愛していた。
彼女はソルという男のことが好きだったんだ。
だが、それも大聖師が設けた設定の中で植え付けられた感情ではある。
それでも、愛するものが消えた悲しみはサファウダに強く残っているのだ。
「仮初の関係としても、私に湧き上がる悲しみは拭えない」
「うん……ボクにも伝わったよ」
「ならばやってくれますか? 勇者イオ・センツベリー」
ボクに「はい」と「いいえ」二つの選択肢が出てくる。
答えはもちろん決まっている。
「はい」
その選択肢を選んだボクにサファウダは優しく微笑みかける。
白く柔らかい手で、ボクの手を握ると力強く言った。
「大聖師は気まぐれな創造主です……どこであなたの世界を滅ぼすかわかりません。彼が投げて飽きないうちに、多くのバグを起こすしか方法はありません」
「君の記憶にある想像された場所に行ってみる。そこには消し忘れたデータの残骸があるかもしれない」
「では……あなたの仲間を探しましょうか。ここで出会ったのも何かの運命――破壊と創造が繰り返される輪廻を断ち切りましょう」
***
ボク達は一旦書庫がある建物から出た。
「どこに隠れている!? 出てこいやッ!!」
大聖師の声が時々聞こえるが、この空間はごちゃごちゃしている。
建物だけでなく、無雑作に散らばった武具や道具、それに人や魔物、動物が入っているカプセルという筒状の入れ物が沢山あるからだ。
見つかりそうになれば、物陰に隠れながら何とかやり過ごす。
そして、何とかヤツの目をかいくぐると……。
「クロノ!」
仲間のクロノがボクと同じようにカプセルに入れられていた。
やっと見つけれることが出来たんだ。
「あなたの仲間ですか?」
「うん!」
「分かりました」
サファウダはカプセルに取り付けられている黒い板をカチカチと打ち始めた。
「動かすことが出来るの?」
「もちろん。助手として操作方法を教え込まれたので……」
ウィーン……。
筒が宙に浮くと、ボクと同じようにクロノは緑色の液体と共に外へと出た。
液体は外の空気に触れると瞬く間に蒸発。
クロノはそのまま地面に倒れ込んだんだ。
「クロノ! しっかりして! クロノ!!」
クロノを揺さぶるも返事はない。
胸に耳を当てると心臓の鼓動がする。
「よかった……生きているみたいだ」
「ただデータが変わってなければいいのですが」
「変わる?」
「そこにいる老人が、あなたが知っているクロノではなく、別の何かに変わっている可能性があるということですよ」
「例えば」
「街にいる名も無き老人とか……」
「うぐぐ……」
クロノが目を覚ました。
目をぱちぱちさせると、
「おお……イオか。相変わらずの貧乳じゃな」
ボクの胸を見て言った。
「こ、この!」
「わわっ! タイム! タイムじゃ!!」
「スケベなところは変わらないね。どうやら無事のようだ」
「それにしてもここはどこじゃ。シンイーはどこへ行った。それにそこにいる美人さんは……」
クロノは何が起きているのか理解出来ないでいる。
それもそうだ。彼は意識を取り戻して間もないからね。
「ん……イオ! あ、あれは!」
目を覚ましたクロノは何かを指差している。
「えっ?」
「あれが何故あそこに!?」
アレイクがあった。
無雑作に紫色の箱に入れられている。
サファウダはアレイクを見て言った。
「アレイクですね。大聖師もいい加減な男です」
「持っていこう」
「ま、待たんか! 手に取っても大丈夫なのか!?」
クロノの言葉にサファウダは答えた。
「鞘に剣が収められています。抜かなければ大丈夫」
「アレイクは最強の武器だからね」
「最強じゃと?」
意味深な話であるが説明は後にしよう。
ともかく、ボクがアレイクを手に取ろうとした時だ。
「えっ!?」
「どうしました?」
「男の人がいる」
アレイクの傍に一人だけカプセルの中に男の人がいた。
一人だけ特別扱いだ。多くのモブキャラとは違う場所に佇んでいた。
更にカプセルは紫水晶で作られた装飾が施されていた。
「よく鍛練された身体だ」
カプセルの傍にはメモがあり、説明書きがされている。
ガルア・ブラッシュ。
勇者イグナスの仲間の戦士。
「ガルア・ブラッシュ……」
「おそらく次の物語への準備でしょうね」
「準備?」
「向こうを見て下さい」
サファウダの指差す方向、そこに今度は別のカプセルが一つづつ並んでいる。
こちらも別格の扱い。それぞれ金剛石や緑柱石の装飾が施され煌びやかだ。
「むむっ!? 若い男女がおるぞい!」
クロノがカプセルの傍にあるメモを読んだ。
「主人公、勇者イグナス・ルオライト……ヒロイン、僧侶ミラ・ハーリエル……な、何じゃこれは!?」
既に次の物語の主人公達が作られていた。
女勇者イオはゲームオーバーとなり、主人公パーティを入れ替えなければならない。
新しい英雄譚は着々と進められていたのさ。
「そこで何をしている! どうやって侵入した!!」
ボク達が次の主人公達を見ていると声が響いた。
それは大聖師の声ではない。
若い男の声だ。
「ジル!」
「サ、サファウダ!?」
サファウダと同じような白い服の男がいた。
名前はジル。
君の仲間だった魔法使い設定のキャラだ。
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