俺とラナンは、宿屋『サディドリーム』のワインが眠る地下室に来ていた。
狭く暗い部屋で酒の匂いが満ちる中、紫のターバンを被った髭面の男とサッドが商談をしていた。
「本当にこんなに買って頂いてよろしいンですかい? 冒険者達に売りつけられたものですけども」
男の名はモヤネロ、サッドの話ではこの街のしがない商人らしい。
「ああ。思ってたよりも揃っていて満足しているよ」
地下室には呪われた装備品が一式揃っていた。
絶大な攻撃力を誇りながらも、与えたダメージが跳ね返る『リスキーソード』
闇属性の攻撃を与えられるも、HPとMPを削る『鮮血の鎌』
防御力が高いながらも2回に1回は行動不能となる『シュウマの鎧』
魔法攻撃を防ぐが物理攻撃は2倍のダメージを受ける『レッドレイメイル』
等々……曰く付きのものばかりだ。
「何れも強力な武具だ。どれも貴重な戦力となるな」
魔族、魔物はこれらの武器や防具を装備しても呪いの効果はないため、魔王軍にとっては貴重な戦力となるのだろう。
「はァ……よく分かりませんが、こんなガラクタ品を倍額でご購入して頂けるのならば有難いこっちゃですわ。倉庫でこんな装備品があると悪い魔物が寄って来そうで困っていたので」
冒険者達がクエストで入手した武器を、武器屋や防具屋に売りつけるためモヤネロのような商人は在庫処分で大変なのだろう。
「――にしても、こんな酒臭いところに来なくてもエエと思うんですが」
「実はモヤネロさんに別件の用事を頼みたいと思いましてね」
「別件?」
「領主のオメロ・クリスタルディが腕利きの冒険者を集めているらしいですね」
オメロ・クリスタルディは、このゴルベガスの領主の名前だ。
それにしても、領主が何故冒険者を集めているのだろうか。
「どういうこと? そのクリスタルディって領主が何で人を集めているのよ」
ラナンが横から質問をした。対するサッドは無表情でこう答えた。
「魔王討伐の大パーティを結成するためだよ」
「えっ?!」
なんと……そういうことか。
魔王が『人間やハネッ返りの魔物を集めて、反乱をもくろむ妖魔』と言っていたが、クリスタルディとサキュバスであるベルタは何か関係しているかもしれない。
「モヤネロさん、あなたは確か危険なクエストも紹介する裏ギルドも経営しているそうですね。クリスタルディ氏の仕事もよく引き受けているとか」
「よ、よくご存じですね」
モヤネロは少し驚いたような顔だ。
裏ギルド……危険な任務または殺人や強盗などの法外行為を請け負う闇の仕事だ。
このモヤネロという商人は、おそらく闇の手配師といったところか。
サッドのことを魔物と知っているかはわからないが、こうやって呪われた装備品を扱っていたのも頷ける。
「この二人をクリスタルディ氏に紹介して欲しい」
「懇意にしているサッドさんの頼みなら受けますけども……」
モヤネロは俺をチラリと見てから、次にラナンの顔を見た。
「この兄さんは別として、そこのお嬢ちゃんもですかい?」
モヤネロはラナンを見て訝しんでいる。見た目は10代の少女だからであろう。
「おじさん、私の魔力は伊達じゃないわよ」
――ボッ……
ラナンはそう述べると人差し指から火を練り出した。
「お嬢ちゃん。あんた只者じゃないね」
モヤネロもモヤネロだ。
その火を見て一目でラナンの実力が分かった様子だ。
仕事柄、腕利きの冒険者を見続け、見ただけでどの程度のレベルか分かるのであろう。
「……で紹介料を頂きたいのですが」
モヤネロは営業スマイルだ。
サッドに紹介料とやらを手もみしながら尋ねていた。
「10000スピナでどうだ」
スピナとはこの国の通貨単位の事だ。
冒険の初心者が使う銅の剣が100スピナなので、サッドが提示する紹介料とやらが法外な値段であることが分かるだろう。
「分かりました。直ぐに手配するのでお待ち下さいませ」
***
「女はダメだ。そこの男だけでよい」
俺達は早速クエストに行き詰ってしまった。
モヤネロに連れられて、クリスタルディの屋敷まで来たのはいいが、魔王討伐隊のメンバーは男のみしか募集していないとのことだった。
「そこを何とかして頂けませんか」
「ダメだ」
モヤネロが槍を持つ衛兵に頼みこむが効果はない。
よほど厳格なルールが設けられているのだろうか。
「何で女はダメなのよ!」
ラナンが怒るのも無理はない。
衛兵から理由を聞かされていないからだ。
「ダメなものはダメだ。クリスタルディ様の命令だ」
「何さ! 女だからってバカにしてるの!」
「ええーい! 今回はモヤネロが紹介するから特別に入れてやるというのに、神経質な女を連れて来よって!!」
「ひぇっ……」
怒った衛兵はモヤネロに槍先を向ける。
俺はラナンの肩をポンと叩きながら言った。
「しょうがない。俺だけでやろう」
「あんただけで大丈夫なの、それに……」
俺の耳元で小さく囁いた。
「まさか裏切りはしないでしょうね……もしおかしな動きを見せたら……」
「わかった。俺だけ通してくれ」
「よし入れ」
俺はラナンの言葉を無視して衛兵に伝えた。
裏切りなどするものか。そうなれば故郷がどうなることくらい分かっている。
「ちょ、ちょっと!」
俺だけクリスタルディの屋敷に入ることになった。
ラナンは屋敷の外で待機だ。
「調子乗るんじゃないよ! あんたみたいな脳筋戦士なんか異常状態魔法にかかったら一瞬なんだから!!」
後ろから小うるさい彼女の声が聞こえて来る。
元気なものだと思いつつ中に入ると執事らしき男がいた。
燕尾服を着た執事らしき壮年の男がいた。
「モヤネロ様よりお話はお伺いしております。お名前をよろしいでしょうか」
「シェーン・アークレイトだ」
執事の質問に対して俺は偽名で答えた。
今は『勇者殺し』のお尋ね者だからだ。
シェーンは父の名前、アークレイト姓は母の旧姓だ。
「アークレイト様ですね……ではこちらへ」
俺は執事に促されるまま屋敷内を案内された。
赤い絨毯で敷き詰められている廊下を静かに歩く。
――果たして、ベルタとクリスタルディは繋がっているのだろうか?
そして、魔王討伐隊のメンバーを集める目的とは……。
「大広間に到着しました」
大きな扉の前まで来た。
この扉の向こうが大広間とのことらしい。
「どうぞ中へお入り下さいませ」
執事が扉を丁寧に開いた。
一体どのような冒険者達が集まっているのだろうか。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!