俺はサディドリームに到着した。
従業員からミラ達が休養する部屋を聞き出し、白に囲われた壁や床を歩き、階段を昇っていく。
ラナンが付いて来ているようで、後ろから呼び止められる。
「ガルア待って!」
「何だ」
「会ってどうするのよ」
「どうもしない」
「どうもしないって……」
ミラ……そう仲間だった僧侶だ。
そして、ミラにとって俺は仇敵だろう。
勇者イグナスを――好いていた男を俺が殺した。
「ここか」
サディドリーム3階の部屋の前まで来た。
部屋番号は0310――
俺は少し深呼吸してからドアを開いた。
「あんた……」
そこには空のような青い木綿の服を着たミラがいた。
先に目覚めた彼女は白い椅子に座り、ベッドに横たわる男――トウリを介抱しているように見えた。
「何しに来たの?」
「それは……」
「笑いに来たんでしょう」
「違う」
「ウソよ。私達をあいつが作った物語を彩るだけの存在だって――」
「俺とて同じだ」
***
あの戦いの後、ミラはジルの提案で生まれ育ったシテン寺院に戻ることにした。
シテン寺院は魔法医療に長けており、深手を負ったトウリを治療するためだ。
治療を完了したトウリは自らのレベル不足を痛感。
回復呪文が使用できるミラに頼み、共にシテン寺院の僧侶達が修行場とする『フィールド』へと向かった。
理由は魔物と戦いレベルアップするためだ。
しかし、そこに唐突に『大聖師』なる男が現れたとのことだ。
「手頃な魔物を倒して頑張っているようだね♡」
「あ、あなた様は!」
「トウリ、この人は誰なの?」
「やあミラちゃん。僕は大聖師、君達を作った偉大なる創造主だよ」
「だ、大聖師!?」
ミラは大聖師のことを、シテン寺院を統括する最高責任者であると存在だけは知っていたらしい。
実際に会うのは初めてであるが、大聖師から突然こう宣告された。
「迷走した物語、完結の見えない物語は削除する」
と……。
そうすると見たこともない凶暴な魔物が彼らを襲って来た。
それは赤い肌を持ち、手が六本もある魔人だったという。
――グルオオオ!
「だ、大聖師様――これは!?」
「和風ファンタジーはやっぱりなし! テコ入れのつもりだったけど、世界観違うキャラや魔物を混ぜ込む意味がわからないよね?」
「ト、トウリ……どういうことなの?」
「ミラは下がれ! ここは拙者が……」
「これは僕がお試しで作った魔人アスラ! 何れ削除するモンスターだけど折角作ったしもったない! これから戦闘のテストプレイをするぞォ!!」
アスラはトウリ達を問答無用で襲って来た。
レベルが低いトウリはミラの支援を受けつつ何とか倒したが――
「ハァハァ……ハァ……」
「思ったより強くなってんじゃん。出来損ないの主人公のクセに」
「で、出来損ない?」
「そこのビッチ僧侶と一緒さ。お前らがイオもガルアもキッチリと殺しておけば、僕チンが作り上げた物語を壊さなくて済んだのに――色々と後付け設定をあれやこれや考えてたのにさ」
「何をおっしゃられているのか……」
「お前らは僕のお人形ちゃんだと言ってンだよ!」
大聖師は次々と凶悪な魔物を召喚し戦わせていった。
それはこれから登場させる予定だった『ボツモンスター』なる凶悪な魔物だったとのことだ。
懸命に戦ううちに生命力も精神も魔力も尽き果て、最後には逃げる形となってしまった。
「ミラ……拙者をおいて逃げろ」
「そ、そんなことは出来ない!」
「バカな……拙者は足手まといだぞ」
「足手まといじゃない……あんたは……トウリは勇者なんだもの……」
トウリはそれでも主人公としての役目を全うしたかったのだろう。
レベルが低いながらもミラをかばい、守りながら前衛で戦い続けた。
そして、這う這うの体で逃げ回るうちにゴルベガスへと流れついたのだ。
***
「ガルア、勝手に入っちゃダメって……」
ラナンが遅れて部屋に入ってきた。
重い空気感を感じ取ったのだろうか、ラナンは口を閉じた。
その時だった。
「ミラ……ここはどこだ」
「トウリ!」
トウリが意識を取り戻したようだ。
それを見たミラはトウリの手をしっかりと握った。
少し複雑な心境だが、俺はトウリのところへとゆっくりと向かう。
「起きたようだな」
「こ、ここはどこだ」
「ゴルベガスだ」
「き、貴様はッ!」
「無理に動くな。傷口がまた開くぞ」
「くっ……」
トウリは歯噛みしている。
彼もまた大聖師により作られた物語を完結するために生み出された主人公の一人。
イオにインストールされたサファウダの記憶が教えてくれた。
数々の途中で消えていった物語の主人公達、全ては大聖師の気まぐれにより消されていった。
サファウダは消えていった主人公達が克明に記された『設定集』を読み、彼、彼女達の無念さを感じとり悲しみを覚えた。
その悲しみは俺にも記憶され享受した。
俺は大聖師の玩具にされたトウリが哀れにしか思えなかった。
「これから拙者達をどうするつもりだ」
「それは俺が決めることではない。ただ――」
「ただ?」
「ミラに謝りたかった」
ミラは俺を凝視した。
冷たく唇が震えると彼女は言った。
「謝りたい?」
「ああ……」
「バカじゃない。イグナスを殺しといて『ごめんなさい』の一言で済ます気なの?」
俺は何も言えなかった。
しかし、言えることは一つだけだ。
「俺はお前に謝り続けることしかできない。一生恨んでも構わんし、俺を殺しても構わん」
ずっと口を閉じていたラナンだが、俺の言葉を聞いて必死な表情となった。
「あれは私を守ろうとしてやったことじゃない!」
ミラは小さく口を開いた。
「守ろうとした?」
「そう……あの男が私を殺そうとしたところをガルアが守ってくれたの」
「魔物を守るだなんて――」
「復讐を果たしたいのならしなさいよ! 次は私があんたを恨む!」
「あなた……」
ミラとラナンがお互いに見合っている。
俺もトウリも何も言えず、黙るしか他なかった。
重苦しい緊張感が漂う中、
――トントン……
と部屋の扉がノックされた。
「誰?」
ミラがそう言うと扉が開かれた。
開いた瞬間に俺は黒い何かを感じとった。
何とも言えない嫌な感じだ。言葉ではあまり言い表せない。
「ミラ、こんなところにいたのか。ここを早く出るぞ」
空いた扉から男が現れた。
その男に俺は見覚えがある……いや忘れるはずがない!
そもそも、何故死んだ人間がここにいるのだ!?
「イグナス!」
そこには死んだはずの勇者イグナスがいたのだ。
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