傷を癒した俺はラナンと共に魔王イオに呼び出された。
これから死んだ領主クリスタルディが建てた別宅へと向かう。
そこにイオが仮住まいとして滞在している。
何れは焼け落ちたクリスタルディの屋敷に彼女専用の屋敷を立てる予定とのことだった。
魔王軍の本拠地として指名され支配されたゴルベガス。
街に滞在していた冒険者達は一斉に強制退去させられた。
路上市場では、わざとらしいくらい元気な声で商人達がモノを売り、それを街の人々が買う。
普段と変わらない日常。
だが、人々は少し怯えた顔をしていた。
それはそうだろう街を魔族や魔物が徘徊しているのだから。
「ここよ」
「あの領主……こんな屋敷を持ってたんだな」
屋敷についた俺とラナン。
花が生えず草だけ生い茂る庭園を通り、石の階段を上がる。
「ここが入り口か」
「古臭くてカビ臭いわね」
「伝統的な建築物だ」
「私、そういうの興味ないの」
古い建築法で作りられた屋敷だ。
黒ずんだ石を積んで作られただけの簡素な建物、ところどころヒビが入っている。
どうやら彼の父親が昔、愛人のために建てた屋敷とのことだった。
「お待ちしておりました」
俺とラナンが扉を開けると、そこにはマージルが待ち構えていた。
「お二人ともお元気そうですね」
「宿屋の仕事はいいの?」
「今日から魔王様の元で使用人として働くことになりましたので」
「あんたも大変ね」
マージルは丁寧に俺達をエスコートして案内してくれた。
屋敷内はステンドグラスの窓があり教会のような内装だ。
俺達は床を歩き、螺旋階段を昇る。
「そういえば、あのおじさんは?」
「もうこの街にはいない」
「ふーん……どこに行ったのかしら」
「さあな」
ベルタを倒した後、ジェイクはゴルベガスの街を出た。
サッドからそのことを伝えられ、理由を尋ねたところ故郷に戻るとのことだった。
そもそも今回のクエスト、ジェイクは依頼主のサッドの正体が魔物であることにも気づいていたようで、それが自分の中では負い目だったようだ。
魔物に支配されたゴルベガス。
街に魔物が入ったが、人々の特に普段と変わりない生活ぶりを見てジェイクも複雑な表情を浮かべていたらしい。
今回の仕事、また年齢も年齢なので冒険者を引退するとのことだった。
――人と魔族は分かり合えるのかね?
それがジェイクが街を出るときの言葉だったとのことだった。
ダミアンの愛……そしてベルタの愛……。
二人の愛が本物だったのは確かだ。
「何考えてるの?」
「いや……」
イグナスを殺め、流されるまま魔王軍に入った。
人間側であるにも関わらず魔族に協力しているのだ。
しかし、奇妙なことが続き既に魔王ドラゼウフは倒されており、女勇者であるイオが新たな魔王となった。
彼女が圧倒的な力を持つとはいえ、何故魔物を従えることが出来るのか……。
それにベルタやドビーダスが残したダイセイシなどの聞き慣れないワード。
この世界は一体どうなっているのだ。
前から凶暴な魔物がいたことに違いないが、それまではそれ程多くなかった。
凶暴な魔物が出ても、ギルドが派遣する魔物退治を専門の冒険者が倒して終わりだ。
しかし、魔物達が組織化して行動し始めたのは魔王ドラゼウフが登場してからだ。
これを重く見たイリアサン王国は、魔王討伐のために勇者を選定し冒険の旅に向かわせた。
その選定された勇者がイグナスだ。
イグナスとは、俺の生まれ育った村で出会ったのが最初だ。
村に出没した凶悪な魔物を、俺一人で倒すところをイグナスに実力を買われパーティに誘われた。
俺は快く承諾し、共に魔王ドラゼウフ討伐の旅をすることにした。
ありふれた物語……それが正義であると思い戦ってきた。
だが、どこかで道が狂った。
イグナスは勇者、勇者と人々にもてはやされ、冒険を進めクエストをクリアしていく度に傲慢になっていった。
ダンジョンや魔物が落とした呪われた装備品を、俺に押し付け遊び始めた。
そこから何かが……確実に変わったような気がする。
「ここが魔王様のお部屋です」
物思いしていると、大きな部屋まで来た。
ここがイオの部屋のようだ。
扉越しに、聖とも闇ともつかないオーラが俺の全身を刺す。
マージルは丁寧にノックすると、ドア越しにいるイオに言った。
「ガルア様をお連れしました」
「そのまま開けて」
マージルはそのまま扉を開ける。
俺は一呼吸整える。不思議な緊張感があった。
「待ってたよ」
イオが豪勢な椅子に座っていた。
場所が場所なら、強い魔物がパーティを待ち構えている展開だろう。
その傍にはサッドがおり、手を後ろに組み仁王立ちだ。
「任務ご苦労だったね」
「ああ……」
「気のない返事……まっいいか。その腰に差している剣を使いこなしているようで何よりだ」
静かな笑みを浮かべるイオ。
この装備するアレイク――とんでもない威力を誇るが、リスクが大きすぎる。
イオは何のためにこんな武器を俺に与えたのだ。
「キミ達を呼んだのは他でもない。二人には一緒に来てもらいたい」
「どこにだ?」
「グリンパーマウンテンさ」
「そ、その山は!」
グリンパーマウンテン、聞き慣れた名前だ。
「どうしたの?」
ラナンは俺の表情の変化に気がついたのだろう。
表情に変化があったとすれば、それはそうだ。
「あそこには俺が生まれた村がある」
「そう君の生まれた育った名も無き村がある」
サッドがそう述べるとイオは続けた。
「お使いついでに、一時的に里帰りを許可しよう」
イオはニコリと笑った。
何か思惑があるのだろう、ベルタ以上の女狐だ。
「どういう風の吹き回しだ」
俺の質問にイオは椅子から立ち上がると言った。
「キミの生まれ育った村が気になるんだよ」
わざとらしく、人をからかったような物言いだ。
俺の眉が少しつり上がった時、ラナンが珍しく魔王に質問した。
「本拠地を空けても大丈夫なのですか?」
ラナンの言葉は尤もだ。
魔王軍の長が一個人に監視と称して付いていき、ゴルベガスを留守にしても大丈夫なのだろうか。
「アッハッハッハ!!」
サッドが高らかに笑った。
突然の事で俺もラナンも驚く。
彼独特の高笑い――久しぶりに聞いた。
「サッド笑い過ぎだよ」
イオは珍しく憮然とした顔だ。
サッドの笑いに不快感を表しているようだった。
彼女にしては珍しい表情だ。
「失礼、後のことはお任せ下さい。どんな戦士や魔法使いが来ようとも、返り討ちにしますので」
「フゥ……全く」
イオはため息を吐き、黒く大きな瞳が俺を凝視している。
「さて真面目な話をしようか、グリンパーマウンテンにはボクの仲間がいてね」
「仲間?」
あの山は魔物の住処になっているところが多く、人が住めるところは俺の村を除きないハズだ。
そんな山にイオの仲間がいるのか。
「賢者クロノ……偏屈なお爺さんだけど魔法ならピカイチさ」
「その賢者がどうかしたのか」
「洞窟に入って極秘兵器を開発している。その試作品がやっと完成したらしい」
「兵器だと?」
武器職人でもない賢者が洞窟に籠り何を作っているというのだろうか。
「魔那人形――戦闘用のゴーレムさ」
よく見るとイオは手に青い色の本を持っていた。
あの本は――!!
迷宮の森で青の暴君、いやサピロスが守っていた女王の隠し部屋にあった本だ。
「ボクが仲間に出来ない魔物があの山には多い、クロノがいる洞窟までキミ達に護衛を頼みたいんだ」
イオは笑顔でそう言った。
護衛だと……?
魔王なら一人で行けと言いたいところだ。
――が久しぶりに村へ戻ってみたい気持ちもある。
「わかった」
俺はイオの申し出を了承した。
これから魔王イオをパーティに入れたクエストが開始する。
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