摩訶不思議な現象が起こった。
粒子状に分裂し始める村人達……。
この不可思議な現象に俺とフサームは驚きを隠せないでいた。
「どういうことだ……ッ?!」
先程まで村人達は確かに存在していた。
それがどうだ……。
呆然と眺めるうちに、どんどん村人達の形は分裂し透かされていく。
――ス……
そして、とうとう村人達の遺体は全て消滅してしまったのだ。
「ど、どうなってんだ」
フサームは呆気にとられたような顔をしていた。
おそらく俺も同じような表情をしているだろう。
頬に冷たい風が当たる……。
まるで夢の世界に入り込んだかのような出来事が矢継ぎ早に起こっているのだ。
「設定を急激に変えたからだろうね」
イオは消えて行く村人達の遺体を見てそう述べた。
セッテイだと……?
全くもって意味が分からない。
俺の不安な気持ちを察したのか、ラナンがイオに言った。
「魔王様……もうそろそろ話されても良いのでは」
「そうだね。お約束を排して、クロノもこうやって来てくれたわけだし」
「決められたルートではいけなかったかの?」
クロノという賢者は少し眉をしかめていた。
何かの含みを持たせたかのような言いようにも感じなくもない。
「それでいいんだよ、意志を持った行動の証さ」
イオの言葉を合図にしたのか……。
――ブゥーン……
銅色の巨人、魔那人形の眼が光った。
その赤い光は不安、不可解、不吉な予感を俺に感じさせた。
だが、それと同時にこの現象に対する答えが自分自身の行末に希望を見いだせる光にも見えたのだ。
「ここで話すのも何だし、クロノのところで話そうか。ボクが何故魔王を名乗っているのか……そして、何故君を仲間に引き入れたのか」
***
俺達は村から離れた場所にある、クロノが住む洞窟に来ている。
中に入るともちろんのことだが魔物はいない。
洞窟の中といえば、生活の匂いを感じさせる簡素なテーブルやイスが置かれている。
書棚には数々の魔導書らしき本があり、テーブルの上には魔那人形が描かれた絵が散乱していた。
おそらくは設計図か何かだろう。
「こんな場所があったんだな」
俺がポツリと呟く、それが聞こえたらしくイオは笑いながら答えた。
「そりゃそうだよ。ここはあいつが消し忘れた残りカスなんだから」
消し忘れた残りカス。
意味の分からない言葉を相変わらず続けるイオ。
ここを住処にしているクロノは言った。
「それよりも、そこの男は誰なんじゃ」
「彼のことを覚えていない?」
「思い出した……あの時の男か」
クロノは俺をマジマジと見つめていた。
どこかであったのだろうか。俺はこの老人を初めて見るが……。
そして、今度はフサームを指差した。
「この弱そうなコボルトは?」
「よ、弱そうって……失礼な人間の爺さんだな!」
フサームは牙を剥き出して不快な表情だ。
そんなフサームを見て、イオは笑いながら言った。
「弱くはないよ。ボクが見たところ、繰り出す攻撃が高確率でクリティカルヒットになったり、即死攻撃になったりするみたいだ」
「調整ミスのバランスブレイカーか。ゲームにとっちゃあ邪魔な存在じゃの」
バグキャラ? ゲーム?
聞き慣れない言葉だ。フサームはイオ達に尋ねた。
「バグとかゲームとか何なんですかい」
疑問を投げかけるも、イオとクロノは無視して話し込んでいた。
「何体くらい魔那人形は出来そうなの?」
「急いでもざっと5体くらいですかな。動力となる精霊石が貴重な鉱物じゃからの」
「そうなんだ……ベルタがいた洞窟に行くしかないかな」
「やめとけ、大聖師が刺客を送り込んでいる可能性があるぞ」
「そうだね」
話を終えたイオは俺の方を向いた。
今までにない真剣な表情……。
俺は固唾を飲んで彼女の瞳を凝視した。
「そろそろ本題に入りたいが……」
イオはツカツカと俺に近付いてきた。
俺の顔を見るイオ。
その大きな瞳に吸い込まれそうなほど見つめて来る。
「今から話す事にウソ偽りはない、その現実を受け入れる勇気はあるかい?」
覚悟を問われた。
俺の周りにいるラナン、フサーム、ハンバル。
それぞれに思うところがあるのだろう。
ラナンはどこか表情に鋭さがある、彼女もまた何か知っているのだろう。
またフサームは戸惑いの表情を崩さない、しっぽを立てたところを見ると緊張しているのだろう。
そして、ハンバルは目をつむり腕を組んだままだ。
「ああ……」
「――そうか」
端的なやり取り。
短いながらもお互いにどこか緊張がある受け答えだった。
「もし……」
静かに間を置き、イオの口が開いた。
「この人々が世界が誰かに作られたものだったらどう思う?」
神の存在を暗示させるような言葉だった。
唐突に何を言うのか……。
イオの前置きがあった『現実を受け入れる勇気』はあるのかと。
受け入れづらい言葉である。
俺もまた静かに間を置き、口を開いた。
「どういうことだ?」
「この世界は何度も何回も組み換え、作り変えられたものなんだ」
体に電撃が走った。
何故だろうか……荒唐無稽な話であるが、これまでの状況やイオの口調や表情から言っていることの信憑性を強く感じさせられた。
「証拠はあるのか?」
――証拠。
そう証拠が必要だ。
「証拠か……信じろっていうのが無理な話だよね」
そうするとイオは一冊の本を取り出した。
どこに隠し持っていたのだろうか、おそらくは召喚魔法のように何かの魔法で取り出したのかもしれない。
青い本――迷宮の森でサピロスが守っていた書物だ。
「これは『サファウダ戦記』……この世界の前に作られた物語、世界の一つさ」
「……」
ラナンは黙ってその青い本をじっと見ている。
あの時、俺に隠し部屋のことを教えてくれた彼女だ。
この本の存在には気付かなかったのだろうか?
そんな疑問を持ちつつも、俺はイオに尋ねた。
「見たところ魔導書に見えるが……」
俺の言葉にイオは言った。
「確かに魔導書のようなものだね。でもこれは魔導書であって魔導書ではない」
魔導書であって魔導書ではない?
俺はそう不思議に思うとイオは続けた。
「ここには、彼が設定したサファウダの全てが書かれている。この世界にない魔法や技術までも……」
「彼ってのは誰ですかい?」
落ち着きを取り戻したのか、黙っていたフサームがやっと喋った。
「大聖師だ」
それに対し彼の相棒的存在のハンバルが答えた。
――ダイセイシ。
その言葉、単語を何度も聞いた。
「ダイセイシ……その言葉は今まで何度も聞いたが……」
俺の言葉に対しイオは俯く。
体は何故か小刻みに震えていた。
「この世界を何度も創生し破壊する『いい加減で気まぐれな神』のような存在さ」
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