大広間には闇ギルドを通じてだろうか、多くの冒険者が集まっていた。
誰もがカタギには見えない。一癖も二癖もあるような連中だ。
――匂いで分かる。
「何だオイ、お前の来ている防具『レッドレイメイル』じゃねぇか」
斧を持ったカーリーヘアの巨漢が俺に話しかけて来た。
男の背丈は俺よりも大きい。
そう今回、俺が装備しているのはレッドレイメイル。
ベルタの誘惑魔法を防ぐためだ。
――がこれは呪われた装備。物理攻撃は2倍のダメージを受ける。
「そんなクソ装備して大丈夫かよ、ええおい?」
こういう手合いは、まともに相手をしては時間の無駄だ。
俺は何も答えず部屋の隅まで移動しようとした。
「無視すんじゃねーよ。俺の名はアンドリュー・ロシモフだ」
「お前の名前など興味はない」
スタスタと俺は壁まで歩き背にもたれかける。
アンドリューという男はかなり怒った様子だ。
「〝ゴルベガスの大巨人〟を聞いたことねェのかい?」
そんな仇名など聞いたことがない。
俺は少し鼻で笑いながら返した。
「〝大男総身に知恵が回りかね〟なら知っているが」
「ガキが……ッ!!」
俺がそう言った時だ。
大広間に集まっている冒険者達がザワつき始めた。
「あの兄ちゃん大丈夫かよ」
「アンドリューをキレさせちまったようだ。アホな若造だ」
「魔王討伐の前に宿屋でおねんねだな」
周りにいる冒険者達の嘲りの声が聞こえる。
このアンドリューという男はそれなりに名が知れた男なのだろうか。
元勇者パーティの俺にとって、このアンドリューという男はそれほどの実力者には見えない。
数々の修羅場を潜った俺から見ると、その強さはせいぜい低級のオーガ程度だ。
「俺様を嘗めるんじゃねェ!!」
アンドリューは斧を振り上げる。
――どうする?
腰にぶら下げる妖刀を抜くか。いやその必要はないだろう。
魔王の話ではHPを削る武器だ。ここで三下程度に使うものではない。
ならば……。
――カチャ
俺は腰にもう一つ差している鋼の剣の柄に手をかけた。
そこらにある既製品で攻撃力は低いが、呪われた武器よりはマシだ。
今回のクエストではカタストハンマーは持ってきていないが、あのクセの強い武器よりは扱いやすい。
「やめておけ」
俺が剣を抜こうとした時だ。後ろから中年の男が声をかけた。
ブラウンの長髪に口髭、顔には年相応の皺が刻まれている。
革の鎧の上から古びたマントを羽織っており、腰には片刃の剣を下げていた。
眼光鋭い男の目つきは蛇を思わせるほど……。この男、只者ではない。
「俺達は同じ目的で手を組むパーティだ。下らねェことで仲間割れするんじゃない」
「ジ、ジェイドさん」
先程の勢いはどこへやら、アンドリューは大人しくなり斧を収めた。
ジェイドという男は俺の元へツカツカと近付いて来る。
「ジェイド・ヒバートだ。この街じゃあ『毒蛇』の仇名で知られる」
――毒蛇。
そういえば、以前イグナスが言っていた。
「ゴルベガスにジェイドという腕利きの冒険者がいて、ソロでS級ランクのクエストをクリアするほどの実力者らしい」と。
イグナスは仲間に入れたがっていたが、ジルからその男がジェイドという中年の男であることを聞かされると残念そうな顔をしていた。
「――シェーン・アークレイト」
俺はもちろん偽名を名乗る。
「職業は?」
「戦士だ」
「戦士か。ここに集まる冒険者はそういうタイプが多い」
ジェイドは渋い顔から少し笑顔になる。
剣を腰から下げるに彼も俺と同じ戦士だろうか。
「皆さんお集まりのようですね」
一悶着があったが何とかジェイドの取り成しで収まった。
俺を屋敷に招き入れた壮年の執事がドアを閉めると集まっている冒険者達に言った。
「表稼業、裏家業……どちらの世界でもご活躍の腕利きの冒険者の皆様、魔王討伐隊に志願して頂きありがとうございます。主人であるクリスタルディ様もお喜びになられるでしょう」
「へっ……領主様が俺達を集めて魔王退治か? 勇者様が死んじまってヤケでも起こしたのか、それとも英雄になりたがっているのか」
「魔王退治のSSS級のクエスト。ヤバめの仕事だから報酬はたんまりと頂かねェとな」
集まっている冒険者達が口々に言っている。
この国の希望であった勇者イグナスは死んだのだ。
世界が絶望に包まれており、魔王討伐を目指す各地の王族、名士達が腕利きの冒険者を集める。
――自然な話だ。
だが、どうもここに集まっている連中は普通の冒険者ではない。
「何にせよ、これだけ集まったら魔王をぶっ殺すのも簡単だろうぜ」
「そうだよな、無理に4人パーティにする必要もない。大人数でフルボッコだ」
「早く魔物をぶっ殺してェ」
――眼が濁っているのだ。それに心もだ。
執事は表稼業でも活躍と言っていたが、今この大広間に集まっているヤツらのほとんどは暗殺、犯罪まがい等のクエストを専門にこなす冒険者達だろう。
それに魔王討伐隊の結成に参加している……死が隣り合わせの危険なクエストだ。
頭のネジが数本飛んでなければならない。
「シェーンと言ったな」
ジェイドが小声で話し掛けて来た。
彼だけがまともな冒険者だろう。顔は怖いが目が澄んでいる。
「匂わないか」
「ああ……」
「君は気付いていたか。それなら安心だ」
そう……先程からこの部屋から獣臭がする。
――おそらくここには。
「では、これより試験を開始致します」
執事はニヤリと笑みを浮かべながら言った。
これから試験を行うのだという。
「ハァ? おっさん何が試験だよ。大挙で押し寄せれば魔王何ぞ……」
頬に十字傷を持つ男が両手にナイフを持ち、ちらつかせている。
プライドを傷つけられたので怒っているようだが、あまりその執事に近付かない方がいい……死にたくなければだ。
「クリスタルディ様は『ザコに金を払いたくない』と申しておりまして」
「ザコだと? 俺はこれでも魔法が使える盗賊として……」
――ズバッ!!
「グギャアアアッ!!」
男は鋭い爪で引き裂かれた。
「愚かな人間どもよ! これより俺が貴様らを試してやろう!! 魔王軍と戦えるレベルがキチンとあるかどうか!!」
執事は既に人間の形をしていなかった。
鋭い爪を出し、猛獣の顔。口からは涎を出しながら息巻いている。
――ウェアタイガー。
上級の獣人種である魔物だ。
「な、何で魔物がこの屋敷に……」
――グサッ!
「ぐぼっ?!」
ウェアタイガーの出現に驚いていた魔法使いらしき男が、何者かに切り裂かれ絶命した。
「どうやら、他にも人間に化けている魔物がいたようだ」
ジェイドがそう述べると俺は気付いた。
ウェアウルフが冒険者に化けて、今回集められた討伐隊に紛れ込んでいたのだ。
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