「キミ、その剣を渡すんだ」
その男はにこやかに笑っている。
人間であるようで人間ではないナニカ。
即座にその男の危険性をボクは直感した。
「来るなッ!!」
何とかボクは立ち上がり、装備している剣を手に取った。
素早く、迅速に踏み込んだ。
盗賊よりも忍者よりも早い斬撃を繰り出した。
だけど……。
「だからァ、勝手に動かれちゃあシナリオが崩れるんだってば」
指二本だ。
オーガも、ドラゴンも、ギガンテスも。
どんな魔物も切り裂いてきたボクの斬撃をあいつは余裕綽々で止めたんだ。
「フリーシナリオほど面倒なものはない」
ボクが動揺していると胸に大きな塊が押し付けられた。
男の固い拳が鳩尾に叩き込まれた。
下から上へと――ボクの横隔膜が押し上げられる感覚が確かに伝わる。
見かけはフザケタ格好だけど、超一流の武闘家の会心の一撃と同程度の拳技だ。
「うッ!!」
これほどの一撃を受けたのは初めてだったよ。
小柄な体だったけど、その攻撃力は巨人系の魔物以上の攻撃力だった。
呼吸が苦しい……湧き上がる言葉はそれだけ。
「寄り道は不必要だ。キミ達にはゲームの正常ルートを歩いてもらいたかった」
半笑いの声がした。
声の主はもちろんあの男だ。
正常ルート、つまりボク達は真っすぐ冒険を進めるべきだった。
この世界は寄り道は許されないんだ。
――イフリガ!
男は容赦なく追撃してくる。
続いて発動されたのは炎系最強の呪文『イフリガ』だ。
紅蓮の炎がボクの身を包み込んだ。
痛みと熱さ――ボクの体全体を――心臓といった臓器の隅々まで伝わる。
「イオ?!」
「キサマ……よくもッ!!」
仲間達の声がするがその意識でさえ遠くなっていく。
ここまで5分もしなかったろう。
ボクの生命力が尽きていくのを感じた。
魔王ドラゼウフ討伐の冒険。世界に平和を取り戻す旅はここで終わった。
「こんなところで……」
そう――ボクはその想いを最後に意識が途絶えた。
***
ボクは暗闇にいることに気付いた。
でも頭はガンガンするし、体は何かで縛り付けられている感触がする。
「やっぱり物語の主役は、かっこいいヒーローだよね。そして、可愛いヒロインと王道的なRPGがイチバン」
あの男の声だ。
待って……ボクは死んだハズではなかったのか。
いや生きていたんだ。
でもここはどこなんだろう?
「とりあえず、あの暴力武闘家の設定変更は済んだとして――後はイオたんと爺さんだけか」
セッテイヘンコウ?
ボクはこの時何も気づかなかった。
「爺さんは適当な街のモブキャラにするとして……イオたんはどうしようか」
爺さん?
クロノのことだろうか。
兎に角、体を動かさないと……。
ダメだ、全く力が入らない。
「うん? ちょっと待てよ爺さん……せや! 今度の物語は主人公がモンスターを仲間に出来るシステムを試してみよう!!」
あの男は何かを思いついたのか……。
フザケタ口調で何かを語った。
「イオたんには、仲間モンスターの面倒を見る役割を与えよう。『ビーストじいさん』ならぬ『ビーストむすめ』だ!」
――カチャカチャ……。
何か固形物を叩く音がする。
連続するリズミカルな音だった。
それが何の音かは全くわからなかった。
「上級魔獣使いのスキルを与えて――っと!」
(くゥ……!)
全身に何かが駆け抜けた。
でも不思議と新しい力を得たような気分だった。
「後はそうだなァ……今まで勇者として経験を積み上げたパラメーターや呪文、特技、スキルを全部いじらないとね」
(ここは?!)
その時、ボクはやっと目が醒めた。
何か筒状のものに入れられている、声は出せない。
緑色の液体に入れられていたんだ。
「目が醒めちゃったか」
(お前はあの時の……)
「おはようイオたん」
(クロノやシンイーは……)
「開発室にようこそ――といっても直ぐにここに来たことは忘れてもらうけどね」
(な、何だここは?!)
男はニタニタしながら四角いガラス張りの箱を見つめたままだ。
どうやら机の上にその箱は置かれ、傍にある板状のものを指先でカタカタと打っている。
そして、ボクは周りを見た。
(あれは人?!)
驚いた。
ボクの周りにも同じような筒状の入れ物が置かれ、その中には老若男女問わず多くの人間が入れられていた。
でも、そればかりじゃなかった。
(違う……あれはスライムにオーク……それにエルフやドワーフまで……)
筒状の入れ物には人間ばかりじゃない。
魔物や他種族のエルフやドワーフまでいた。
――ドンドン!
ボクは筒を叩いた。
脱出しなきゃ……このおかしな男に何をされるかわからない。
恐怖――これまでにない恐怖をボクは感じた。
死ぬよりも怖い恐怖……自分が自分でなくなってしまう恐怖。
何かを変えられてしまう――ボクは本能的にそう感じたからだ。
「叩くんじゃねぇよ。壊れるだろうが」
助けを求めるボクに男はキレた。
今までにないドスが効いた迫力ある声だった。
「顔を可愛く造形してやって、主人公という超VIP待遇を与えてやったのに勝手な行動をしやがって……またゲームを作り直さなきゃならなくなった」
(何を……何を言っているんだコイツは)
「まァ僕にも落ち度はあるか。前に作ったゲームの残りカスのデータを完全に消し忘れていたのが悪い。結構そういうのが残っちゃってるんだよね、ウン」
(助けて……)
「完全に消去させられないだけ、ありがたく思え。キミの顔だけは、僕チンが作った中でも最上級レベルにかわゆく造形したんだからね♡」
(誰か助けて!)
「次はキチンと、与えられた自分の役割を果たすんだよ」
――スッ……
男は板の大きく突起した部分を押そうとした。
ダメだ……。
(もうボクがボクでなくなる!)
死よりも恐ろしい何かが起こることを悟った。
その時だった……。
――ストームボーグ!
聞き慣れない言葉を聞いた。
ストームボーグ……何かの呪文だろうか。
風属性の魔法か何かだろう。
突如、凄まじい烈風の衝撃波が男に当てられた。
「ぬァにイイイィィィ?!」
まともに背中に当てられ男は遥か上空まで飛ばされた。
男は部屋に響くような大きな怒声を放った。
「バ、バカな……誰だ!? 誰がアァ――ッ?!」
「私です」
「な、ななな――おどりゃ何をさらすんじゃあ!!」
美しいサファイアのような長い髪……水色の瞳。
高貴で凛とした女の人だった。歳はボクより4つか5つ上くらいだろうか。
簡素な白い服を着せられている。
一方の男は空中で一回転しピタリと止まると、女の人を指差していた。
「データ上に残っていたお前如きが調子に乗りやがって!」
――アペフチーム!
女の人は今度は巨大な火球を男へ向けて放った。
これも見たこともない火属性の魔法だった。
「あっちィ?!」
男は炎に包まれてバタついている。
女の人が急いで何か押すと、ボクが閉じ込められている筒が宙に浮いた。
緑色の液体と共にボクは外に投げ出された。
液体は空気触れると蒸発し霧状となっている。
「ハァハァ……」
息も絶え絶え、ここまでの状況は全くもって理解不能。
何が何やらわからなかった。
「今がチャンスです。逃げましょう」
女の人はボクの手を優しく手に取ってくれた。
「あ、あなたは?」
ボクの問いに女の人は穏やかに言った。
「私はサファウダ……この世界――いえ大聖師の作った『サファウダ戦記』の女王だったものです」
大聖師。
ボクはここで初めてその男の名前を知った。
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