「ジ、ジル」
「そこにいる小娘と老いぼれは……」
「だ、誰が老いぼれじゃ! ワシは賢者クロノ・マクスウェルじゃぞ!!」
「賢者? それは作られた設定だろうが」
「な、何を言っとるんじゃ、この若造は」
サファウダは表情が曇っている。
それにこのジルという男は何者なんだ?
「なるほどな……大聖師様が先程からお怒りになっている理由がわかった」
「お願い。ここは見逃して」
「ダメだ! お前は特別らしいが勝手な行動は許されんことだぞ!」
「私は……」
「そこの二人には消えてもらう」
ジルという呼ばれた男が何やら手から紫色の炎を練り出した。
見たこともない魔法だ。
危険――長年の冒険で獲得した危機感がボクとクロノに構えを取らせる。
「イオ!」
「う、うん!」
ボクは自然とアレイクを手にした。
それを目にしたジルは笑っている。
「そんな出来損ないの武器を持ってどうする」
「やめて! この人達は……」
「ゲームオーバーになったキャラにコンテニューはない!」
ボク達を本気で消す飛ばすつもりだ。
「削除する!」
いよいよジルが魔法を唱えようとした時だ。
「ジルウウウウウゥゥゥ――ッ!!」
現れたのは大聖師。
ボク達をようやく見つけ出したようだ。
それもそのはず、これだけの大騒ぎになればバレるものさ。
「大聖師様!?」
「次回作のキャラ達が消滅しちゃうだろうがァ!!」
そうボク達の周りにはガルア、君を始めとした次の作品の登場人物達がカプセルの中にいる。
ここで消滅させてしまっては大聖師の壮大な構想が水の泡と化す。大聖師は必死だった。
「見張り役のお前が暴走してどうするんだ!」
「そ、それは……」
「うるさい! うるさい! うるさーい!」
大聖師とジルが言い合っている。
サファウダはその隙を見て、ボク達に言った。
「外の世界に行って下さい」
「そ、外の世界?」
「こんな不思議空間から抜け出す方法などあるのか」
「大丈夫です。大聖師が編み出したこの秘術さえ使えば――」
サファウダは亜空間を出現させた。それは黒い渦だった。
「ワープゾーン……ここへ飛び込みなさい、この先はあなた達がいた外の世界へと繋がっています」
「でも……」
「イオ! この美人さんの言う通りにするんじゃ!」
「まだシンイーを助け出していない!」
「残念じゃが置いていくしかない」
「ク、クロノ! 君は仲間を見捨てて逃げ出せというのかい!?」
「今は非常事態じゃ!」
クロノはボクの手を掴み、無理矢理にでもワープゾーンという亜空間に飛び込もうとした。
ボクは必死に抵抗した。シンイーもサファウダも見捨てることなんて出来なかった。
「ダ、ダメだ! それにサファウダも――」
「私は外の世界へ行くことは出来ません」
「行くことが出来ない?」
「私は外の世界へいけないのです」
一方、大聖師はこちらの様子に気付いたようだ。
手をバタバタと振り、足は地団駄を踏んでいる。
「そ、それはワープゾーンじゃないか! どこでそんなものを覚えやがった!」
「イオ、迷っているヒマはありません!」
「で、でも」
「手荒なマネはしたくなかったのですが……」
――ストームボーグ!
サファウダは風属性の魔法を唱えた。
ボクとクロノに烈風が浴びせられ、吹き飛ばされる。
向かう場所は彼女が出現させたワープゾーンだ。
「ぬおっ!? 魔法を詠唱なしで繰り出すなどありえるのか?!」
大聖師に向けて放ったものであるが、威力は抑えられている。
そういえば、サファウダが使う呪文はどれも詠唱なしで繰り出すことが出来る。
その代わりといっては何だが、ボク達が使用するものと比べれば攻撃力はない。
「さようならイオ」
サファウダは笑っている。
ボクは届かないと理解していても手を伸ばす。
「サファウダ――ッ!」
「世界にバグを引き起こして下さい。どんな小さなことでも構いません……あなたが勇者以外のキャラを演じ混乱を起こしてもいい、消されたハズの人や魔物、アイテムも見つけてもいい」
「ボクは――」
亜空間にボクは吸い込まれていく。
だんだんと黒い塊に体が呑まれていった。
「勇者よ。世界に光りを取り戻して下さい」
サファウダの最後の言葉だった。
よくある台詞、冒険の前に皆から言われた言葉だ。
「イオ、会えてよかった。あなたの雰囲気はソルによく似ています」
サファウダは優しく笑っていた。
***
「俺が作られただと?」
「君だけじゃない。勇者イグナスも僧侶ミラも、君が出会った人や魔物、これまでの出来事は大聖師が作り上げたルートを進んでいただけだ」
洞窟には冷たい空気が流れた。信じられない話だった。
この世界は大聖師と呼ばれる創造主に作られた世界であること――それにこの俺も。
「ボクはサファウダにインストールされた記憶を元に消された断片を探す旅に出た。誰も寄り付かない洞窟に配置されたグレーターデーモン……設定だけの囚われた聖女を護衛するホーリートロル……ボク達は彼らを見つけ仲間に引き入れていった」
「サッドやハンバルも?」
俺はハンバルを見た。
見た目は普通のトロルであるが、知的な雰囲気や回復魔法などが使え特別感があった。
「ラナンも同じさ。君が倒れて運び込まれたあの洋館――あそこは元々大聖師がイベント用に作った建物なんだ。彼女はそこに住んでいた」
ラナンが俺を見て言った。
「そう『濡羽色の魔女』という妖魔がね」
「濡羽色の魔女?」
「私の名前」
イオが少し笑う。
「あんまりだから、ボクが彼女にラナンと名付けた」
そうするとラナンは寂しげな顔をした。
「『濡羽色の魔女』……特に何もイベントが作られず、ただ生み出され、誰もいない洋館に一人ぼっちだった」
彼女達は作られた存在、完全に消し損ねた物語の登場人物。
誰も来ないダンジョン、何も起こらないイベント――
役割だけを与えられ放置された彼女達は孤独だっただろう。
「そんな夢みたいな話……」
フサームはまだ現実を受け入れられていない様子だ。
確かにイオの言葉には信憑性がある。
俺の村で起こった不可思議な現象等々――
「回想話も終わりだ」
「な、何を……」
イオは俺の額に手を当てる。
「君には特別にサファウダの記憶をあげる」
跳ね除けようとも思ったが――何故か俺は抵抗しなかった。
――インストール!
イオがそう唱えると何かが俺の脳裏に刻まれた。
それはサファウダという国の物語。
魔竜王ルビナスの登場。ソルなる勇者と女王サファウダとの出会い。
そして、最後のビジョンが映った。それは白い光だ。
『全て消えてしまえ!』
人の声が聞こえた。
全てが光に包まれ消えていく。
人も魔物も動物も何もかも……。
「こ、これは……」
「これが過去の物語の顛末さ」
刻まれるサファウダ戦記の物語。
これは夢なのか幻なのか……俺に古のビジョンが刻まれた。
「共に大聖師のシナリオを終わらせよう。世界を救うにはボク達が自立した意志『バグ』を持たなければならない」
「バグ……」
この世界が大聖師のシナリオ通りに進んでいるのならば抗おう。
キャラが意志を持つことがバグなら引き起こそう。
俺がそう決意した時だった。
――ドン!
大きな炸裂音が外から聞こえ、その音と共に洞窟が揺れた。
「きゃっ!」
その揺れでラナンがつまづきそうになった。
俺は咄嗟に彼女の手を取り助けた。
「大丈夫か?」
「え、ええ……」
ドスの効いた声が俺達に聞こえてきた。
「吾は『動く仁王像』! 貴様らを滅する妖術人形なりィ!」
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