Cursed Bug Quest

~呪われた装備を押し付けられた戦士、勇者パーティから戦力外通告を受け魔王軍からオファーが入る~
理乃碧王
理乃碧王

ep08.祭儀

公開日時: 2023年2月23日(木) 18:00
更新日時: 2023年3月1日(水) 17:45
文字数:2,537

 黒い壁、床に覆われた城を歩く。

 周囲を警戒するが、ここまで敵の気配はない。

 不思議なほど静寂に包まれる中、俺はハンバルに尋ねた。


「一つ質問をしていいか」


 俺の質問に対しハンバルは静かに答えた。


「なんだ」

「そのゲレドッツォとは何者なんだ」


 これから玉座の間へ攻め入る前、俺はゲレドッツォのことを尋ねることにした。

 ドラゼウフの亡き後、その隠し子と図々しく名乗るほどだ。

 魔物とはいえ、どうしてもその存在が気になった。


「わからぬ。ドラゼウフ様の死後、どこからともなく『魔王の隠し子』を名乗り現れた」

「リザードマンなのにか」


 俺の問いに対し、ラナンが答えた。


「ドラゼウフ様は龍族出身のお方ですからね、ゲレドッツォは角が生えた突然変異型で、自らを龍族の血を引いていると吹聴していたわ」


 龍族とは竜人型の魔物の事だ。

 人とドラゴンを掛け合わせた姿をしている。

 そうか、ドラゼウフは竜人型の魔物だったのか。


「強力な魔法を操ることができ、弁も立った。ある種のカリスマ性があり、魔物の群れを束ね始めたのだ」


 ハンバルはそう答えた。

 基本的にリザードマンは物理攻撃しかない、魔法を操るということは天性のものか、はたまた誰かから教わったものなのか。


 理由はどうあれ特別な力を持つのだ。

 信奉者が出てもおかしくないだろう……。

 俺達人間でも特別な力を持つ者は崇められる対象だ。


「魔王亡き後、混乱する軍団内の隙を突かれ城を乗っ取られたと」

「そういうことだ」


――カッ……カッ……カッ……


 暗い廊下を俺達は歩く、まだ一体も敵とは出会わない。

 敵らしき魔物は、魔王城の入り口を守っているリザードマンを見た程度だ。


 余りにも静かだった。


 城の屋根を魔法で壊して音はかなり響いたはずだ。

 不思議に思いながら進むと、大きな扉の前に来た。

 その大きな扉はドクロを模った不気味な造形をしていた。


「久しぶりに来たわね」


 ラナンが懐かしそうな表情だ。

 どうやらここが玉座の間の入り口らしい。

 曲刀を取り出し、フサームは興奮した声で話す。


「先制で殴り込むか?」

「待て、それよりも面白いものを見せてやろう」


 ハンバルはそう述べると、扉を僅かに開ける。

 俺達は中の様子を見ることにした。


         ***


「おお……我が父ドラゼウフ! 体は朽ちようとも魂は不滅なり!!」


 演技がかった口調で話す魔物がいた。

 聖職者の祭服に身を包み、頭には金色のミトラを被る。

 手には司祭杖を持っており、振りかざしていた。

 おそらくは人間から奪い取った衣装だろう。


(あいつがそうか)


 あのリザードマンがゲレドッツォだろう。

 周りにはゴブリンやオークなどの魔物達がいる。


『ナウゲレド・サラマンダ・イグレオン・リザウンケン……』


 魔物達はおかしな言葉を口にしながら頭を床に付けていた。


「あいつら何を言っているんだ?」


 フサームが小声でそう言った。

 声のトーンから少し呆れている様子だ。


「人間の『祭儀』というものだ」

「だからサイギって何だよ」

「神や霊に対し慰めや鎮魂、祈願したりするための儀式のことだ」

「それって、人間がやる下らねェイベントじゃねえか」


 ハンバルの言葉にフサームが驚いた様子だ。

 それは俺も同じだ。

 魔物が教団のような組織を作り、我が強い魔物をまとめ上げるとは思わなかった。


「信仰心ってやつかしら、魔物なのに人間の真似事ね」


 ラナンが複雑な顔を浮かべる。

 人間の俺から見てもゲレドッツォの恰好、魔物達の姿、全てがおかしくも狂気的であった。


「父、魔王ドラゼウフは何れ復活なされる! それまではこの体を腐敗させてはならぬぞよ!!」


 ゲレドッツォはそう述べるなり、目の前の大きな影に向かって呪文を唱えた。


「フリーズミスト!!」


 ゲレドの手から水属性の氷結呪文『フリーズミスト』が放出される。

 大きな影、つまりドラゼウフの体は氷漬けにされていく。

 そうか魔法力を見せつけ、更にはドラゼウフの遺体を使い神秘性を演出しているのか。


 集まっているのはゴブリンやオークといった低いレベルの魔物ばかりだ。

 野生に近い魔物は力が絶対。


 力を誇示され、権威を見せつけられれば、盲目的にゲレドッツォに付き従うのも無理はない。

 魔物や魔族は力の上下関係が人間以上に強いことを、改めて教えられたような気分だ。


 このままゲレドッツォ達が力をつければ、魔王軍内の抗争だけに留まらず、何れ人間にも害を与えるであろう。

 今は魔族、魔物達に付き従っているが、俺とて元勇者パーティの一員だ。

 堕ちたとはいえ、それなりの正義感は残してある。


「どうするんだ、このまま攻撃を仕掛けるのか」


 俺はハンバルに尋ねた。

 ゲレドッツォ達は倒さねばならない敵だからだ。


「無論そのつもりだ」


――ギィ……!!


 扉を開いた。

 乾いた音が王座の間に響いた。


「な、何者だ?!」


「神聖なるこの場を――」


 最初に俺達の侵入に気付いたのは2匹のゴブリン。

 すぐに立ち上がると攻撃の体勢を整えるが――


「神聖? 魔物が使う言葉じゃねぇだろうが!」


――スパ!ズババ!!


「ぎゃッ?!」

「ぐは!!」


 ゴブリン達は、曲刀を操るフサームに一瞬で輪切りにされた。

 素早さを上げる風属性の補助魔法『イダテ』を発動させての斬撃。


「あんなイカサマ野郎に騙されやがって」


 なるほど、魔王軍の切り込み隊長を名乗るだけのことはある。

 それにしてもコボルトが、剣士で魔法を操るとは。

 ただのコボルト剣士ではないようだ。

 ゲレドッツォ討伐に選出されたことだけはある。


「ゲ、ゲレドッツォ様!」

「侵入者が現れましたぞ!!」


 俺達の登場に慌てふためく魔物達。

 ゲレドッツォは魔物達をなだめていた。


「落ち着けィ! 魔の子らよ!!」


 ゲレドッツォは俺達に杖を向けながら言った。


「汝ら、我をドラゼウフの子息ゲレドッツォと知っての狼藉か!!」

「ただのリザードマンがよく言う」


 ラナンは両手から炎を練り出し、ゲレドッツォを侮蔑した眼で見ていた。

 一方の俺は玉座に座る骸を見る。


「あれが魔王ドラゼウフ」


 偉大な魔王は確かにいた。

 人の顔をしているが頭から龍の角が生え、ところどころ鱗のようなものが見える。


 竜骨の兜を被り、衣類は竜の頭を模った肩当てに全身を覆うローブ姿。

 顔には歳を重ねたことを感じさせる皺が刻み込まれる。


 眼は瞑っているが、本当に死んでいるかどうか疑わしかった。

 死してなお、魔王の威厳を保っていたからだ。

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