黒い壁、床に覆われた城を歩く。
周囲を警戒するが、ここまで敵の気配はない。
不思議なほど静寂に包まれる中、俺はハンバルに尋ねた。
「一つ質問をしていいか」
俺の質問に対しハンバルは静かに答えた。
「なんだ」
「そのゲレドッツォとは何者なんだ」
これから玉座の間へ攻め入る前、俺はゲレドッツォのことを尋ねることにした。
ドラゼウフの亡き後、その隠し子と図々しく名乗るほどだ。
魔物とはいえ、どうしてもその存在が気になった。
「わからぬ。ドラゼウフ様の死後、どこからともなく『魔王の隠し子』を名乗り現れた」
「リザードマンなのにか」
俺の問いに対し、ラナンが答えた。
「ドラゼウフ様は龍族出身のお方ですからね、ゲレドッツォは角が生えた突然変異型で、自らを龍族の血を引いていると吹聴していたわ」
龍族とは竜人型の魔物の事だ。
人とドラゴンを掛け合わせた姿をしている。
そうか、ドラゼウフは竜人型の魔物だったのか。
「強力な魔法を操ることができ、弁も立った。ある種のカリスマ性があり、魔物の群れを束ね始めたのだ」
ハンバルはそう答えた。
基本的にリザードマンは物理攻撃しかない、魔法を操るということは天性のものか、はたまた誰かから教わったものなのか。
理由はどうあれ特別な力を持つのだ。
信奉者が出てもおかしくないだろう……。
俺達人間でも特別な力を持つ者は崇められる対象だ。
「魔王亡き後、混乱する軍団内の隙を突かれ城を乗っ取られたと」
「そういうことだ」
――カッ……カッ……カッ……
暗い廊下を俺達は歩く、まだ一体も敵とは出会わない。
敵らしき魔物は、魔王城の入り口を守っているリザードマンを見た程度だ。
余りにも静かだった。
城の屋根を魔法で壊して音はかなり響いたはずだ。
不思議に思いながら進むと、大きな扉の前に来た。
その大きな扉はドクロを模った不気味な造形をしていた。
「久しぶりに来たわね」
ラナンが懐かしそうな表情だ。
どうやらここが玉座の間の入り口らしい。
曲刀を取り出し、フサームは興奮した声で話す。
「先制で殴り込むか?」
「待て、それよりも面白いものを見せてやろう」
ハンバルはそう述べると、扉を僅かに開ける。
俺達は中の様子を見ることにした。
***
「おお……我が父ドラゼウフ! 体は朽ちようとも魂は不滅なり!!」
演技がかった口調で話す魔物がいた。
聖職者の祭服に身を包み、頭には金色のミトラを被る。
手には司祭杖を持っており、振りかざしていた。
おそらくは人間から奪い取った衣装だろう。
(あいつがそうか)
あのリザードマンがゲレドッツォだろう。
周りにはゴブリンやオークなどの魔物達がいる。
『ナウゲレド・サラマンダ・イグレオン・リザウンケン……』
魔物達はおかしな言葉を口にしながら頭を床に付けていた。
「あいつら何を言っているんだ?」
フサームが小声でそう言った。
声のトーンから少し呆れている様子だ。
「人間の『祭儀』というものだ」
「だからサイギって何だよ」
「神や霊に対し慰めや鎮魂、祈願したりするための儀式のことだ」
「それって、人間がやる下らねェイベントじゃねえか」
ハンバルの言葉にフサームが驚いた様子だ。
それは俺も同じだ。
魔物が教団のような組織を作り、我が強い魔物をまとめ上げるとは思わなかった。
「信仰心ってやつかしら、魔物なのに人間の真似事ね」
ラナンが複雑な顔を浮かべる。
人間の俺から見てもゲレドッツォの恰好、魔物達の姿、全てがおかしくも狂気的であった。
「父、魔王ドラゼウフは何れ復活なされる! それまではこの体を腐敗させてはならぬぞよ!!」
ゲレドッツォはそう述べるなり、目の前の大きな影に向かって呪文を唱えた。
「フリーズミスト!!」
ゲレドの手から水属性の氷結呪文『フリーズミスト』が放出される。
大きな影、つまりドラゼウフの体は氷漬けにされていく。
そうか魔法力を見せつけ、更にはドラゼウフの遺体を使い神秘性を演出しているのか。
集まっているのはゴブリンやオークといった低いレベルの魔物ばかりだ。
野生に近い魔物は力が絶対。
力を誇示され、権威を見せつけられれば、盲目的にゲレドッツォに付き従うのも無理はない。
魔物や魔族は力の上下関係が人間以上に強いことを、改めて教えられたような気分だ。
このままゲレドッツォ達が力をつければ、魔王軍内の抗争だけに留まらず、何れ人間にも害を与えるであろう。
今は魔族、魔物達に付き従っているが、俺とて元勇者パーティの一員だ。
堕ちたとはいえ、それなりの正義感は残してある。
「どうするんだ、このまま攻撃を仕掛けるのか」
俺はハンバルに尋ねた。
ゲレドッツォ達は倒さねばならない敵だからだ。
「無論そのつもりだ」
――ギィ……!!
扉を開いた。
乾いた音が王座の間に響いた。
「な、何者だ?!」
「神聖なるこの場を――」
最初に俺達の侵入に気付いたのは2匹のゴブリン。
すぐに立ち上がると攻撃の体勢を整えるが――
「神聖? 魔物が使う言葉じゃねぇだろうが!」
――スパ!ズババ!!
「ぎゃッ?!」
「ぐは!!」
ゴブリン達は、曲刀を操るフサームに一瞬で輪切りにされた。
素早さを上げる風属性の補助魔法『イダテ』を発動させての斬撃。
「あんなイカサマ野郎に騙されやがって」
なるほど、魔王軍の切り込み隊長を名乗るだけのことはある。
それにしてもコボルトが、剣士で魔法を操るとは。
ただのコボルト剣士ではないようだ。
ゲレドッツォ討伐に選出されたことだけはある。
「ゲ、ゲレドッツォ様!」
「侵入者が現れましたぞ!!」
俺達の登場に慌てふためく魔物達。
ゲレドッツォは魔物達をなだめていた。
「落ち着けィ! 魔の子らよ!!」
ゲレドッツォは俺達に杖を向けながら言った。
「汝ら、我をドラゼウフの子息ゲレドッツォと知っての狼藉か!!」
「ただのリザードマンがよく言う」
ラナンは両手から炎を練り出し、ゲレドッツォを侮蔑した眼で見ていた。
一方の俺は玉座に座る骸を見る。
「あれが魔王ドラゼウフ」
偉大な魔王は確かにいた。
人の顔をしているが頭から龍の角が生え、ところどころ鱗のようなものが見える。
竜骨の兜を被り、衣類は竜の頭を模った肩当てに全身を覆うローブ姿。
顔には歳を重ねたことを感じさせる皺が刻み込まれる。
眼は瞑っているが、本当に死んでいるかどうか疑わしかった。
死してなお、魔王の威厳を保っていたからだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!