「オイオイ、何が起こってるんだ!?」
「あのワンコロ、魔法攻撃なんてするんじゃねーよ」
「これじゃあ、見えないザマス」
闘技場は爆風に包まれている。
期待している殺戮ショーが見えない観客達の不満の声が聞こえて来る。
「直撃だ! 消し飛ばしてやったぜ!!」
一方のドビーダスは勝ち誇っていた。
確かにバーストアローが直撃した感触を掴んでいたからだ。
「どォーれ……消し飛んだ死体を見てやるか」
ドビーダスがゆっくりと近付く。
生死を確認しに来るようだ。
「ち、違う! コイツじゃねェ!!」
そこにあったのは期待していたガルアの死体ではなかった。
直撃したのは別の男の遺体だった。
***
「あんたは何者なんだ」
俺は助かった。
バーストアローが当たる直前に救助してくれた男がいた。
そう……ジェイド・ヒバートだ。
「ただの雇われさ」
「誰に雇われた」
「サッド・デビルスさ」
サッドが雇っただと……。
ということは彼もまたベルタ・メイプシモンの暗殺に来たというのだろうか。
「あんたもベルタを暗殺しに来たのか?」
「そうなるな」
「毒蛇……どうしてそんな仕事を引き受けた」
「これが理由さ」
ジェイドは精霊石の指輪を俺に見せる。
答えになっていない答え、ジェイドは俺に言った。
「しかし、屋敷と闇カジノが繋がっているとは。ちょいと衛兵の待機所でマップをくすねておいてよかった」
「もう屋敷内を調べたのか」
「誘惑魔法で操られるフリをしてな」
「だからか」
「敵を欺くには味方からというからね」
ジェイドが俺を殴り倒した理由がわかった。
『敵を欺くにはまず味方から』……か。
サッドに一杯食わされた気分だ。流石は悪魔系の魔物と言ったところか。
「ベルタは今どこにいるんだ?」
「自分の部屋に籠っているよ」
「闇カジノの経営をほったらかしてか」
「経営はクリスタルディに任せているよ。表向きは経営者になっているがね」
俺はジェイドに連れられるまま、石の階段を駆け上がる。
おそらく屋敷へと通じているものであろう。
階段を駆け上がると豪勢な部屋に来た。
部屋には女性の絵画が掲げられ、黄金の鎧などが飾られている。
――カッカッ……
遠くから音が聞こえる。
部屋に近付く足音だ。俺とジェイドは警戒する。
「誰か来るな」
「ベルタの誘惑魔法で操られた冒険者かもしれんな。早速、警備兵としてこき使われているからな」
そういうことか。
選別試験で生き残った冒険者を誘惑魔法で操ることで、魔王討伐作戦開始まで屋敷内の警備兵として使っているわけか。
そして、ジェイドはそれを利用して屋敷内を即座に探索しどこに何があるか調べたのか。
「ジェイド、あんた一人でベルタを暗殺しようとは思わなかったのか?」
「そういうわけにはいくまい。君が闘技場で魔物と戦わせられると聞いたからな」
「感謝する」
「礼なら生きて帰ってからだな、呪いの装備のガルアさん」
……呪いの装備のガルアさん。
嫌な仇名が付けられたものだ。
言葉のセンスがないというか、子供が怖がるような怪奇譚に出てくる怪物のような……。
――ギィ……
そんなことを思った時と同じくして扉が開いた。
屋敷内の警備兵か。
悪いが暫く眠ってもらおう。
俺は扉を開けた人影を押さえつけた。
「ちょ、ちょっと!」
「お、お前……どうやって」
人影の正体はラナンだった。
どうやってこの屋敷内に侵入したのだろうか。
「衛兵を催眠魔法で眠らせて忍び込んだのよ」
催眠魔法。
状態異常魔法の一つだ。相手を眠らせる効果がある。
「それより、あんたここで何やってるの」
「少しゴタゴタがあってな……」
「どーせ、あのベルタって女に丸め込まれたんでしょ?」
「それは……」
「やっぱりそうだ。どうりで外で待ってても何もないはずね、コッソリ忍び込んでよかったわ」
俺とラナンの言葉を聞いていたジェイド。
彼はラナンの顔を見るのは初めてだ。
「元気のいいお嬢さんだな」
ジェイドはラナンの耳の形を見て、人間ではない何かということを感じ取っているようだ。
しかし、今は同じ目的をする仲間という認識の表情に見えた。
一方のラナンはジェイドを指差して俺に言った。
「誰よこのおじさん」
「サッドが雇った冒険者さ」
「何で人間なんかを……」
ジェイドは扉を開けると静かに周囲を見渡す。
「パーティは多い方がいい。このままベルタの部屋までいくぞ」
そう述べるとジェイドは走って外へ出て行った。
その姿を見てラナンは溜息を吐いた。
「元気なおじさんね。サッドも人間の殺し屋を雇っているならそう言えばいいのに」
「ジェイドは殺し屋ではない」
「えっ?」
俺の言葉にラナンはよく分かっていない表情だ。
「毒蛇……狙った獲物を逃さない一流の冒険者さ」
***
ガルア達が屋敷内に潜入した時を同じくして、地下の闇カジノ場の牢獄にてハンバルとフサームは手錠と足枷を外していた。
予め直ぐに取り外せるように細工していたのだ。
「フサーム……さっきからどうした」
フサームは考え事をしていた。
ドビーダスのことだ。
強さというものに過剰に執着していた。
昔からそうだった、ドビーダスは仲間内でも赤毛を理由に虐げられていた。
そんな彼の唯一の友人だったのはフサームであった。
虐げられたドビーダスはよく言っていた『強くなりたい』と。
ある日、魔王軍の命令で旅の冒険者を襲うように命令が下った。
一人でも強い人間を減らすためだ。ドビーダスは仲間の魔物達と共に群れを作り、旅の冒険者達を襲った。
それが運悪くS級の冒険者達で返り討ちにされた。
他の仲間は殺され、ドビーダスだけが命辛々逃げ帰ることが出来た。
だが、当然ながら他の魔物達から非難の的になった。
「何で逃げたんだ」
「一人でも人間を道連れにしてから死ねよ」
元々異形の存在だったドビーダスは、より一層迫害を受けるようになった。
そして、ある日『強いコボルトになる』と言い残し故郷から出て行った。
風の噂では魔獣使いに捕らえられて見世物小屋にいるという。
仲間の魔物達はそんなドビーダスを嘲笑った。
「情けねェよな」
「臆病者に何ができるってんだよ」
魔物にも人間にも虐げられた彼。口だけで何も成し遂げられなかった彼。
そんなドビーダスであったが、フサームにとっては無二の友人だった。
その友人は変わっていた。
――ウォーミングアップにもなりゃしねェ。
その台詞を言った際のドビーダスの目は殺気立っていた
惨殺された人間を見るに、木偶代わりの練習台にしたのだろう。
敵である人間とはいえ、相手は武器を持っていない。
勝つのは当然のことだ。無抵抗の者を惨殺するまでに心が濁ったか。
偽りの勝利に酔いしれていた友人。何が彼を変えたのか……。
強さへの欲求? 虐げられ続けた弱者の恨み? それにダイセイシとは何者なのだ……。
フサームの頭は痛くなった。
「おいフサーム」
ハンバルの呼びかけに、フサームのしっぽが立った。
突然話しかけられて驚いたのだ。
「な、何だよ」
「そろそろ動くぞ」
「ああ……」
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