イリアサン王国領内のシテン寺院。そこには巨大な女神像が佇む。
そして、女神像の前に豪華な装飾が施された椅子に小男が座っている。
サイネリア色の頭巾に体を包み込む白いマント――大聖師その人である。
「何故うまく物語が完結しないんだ」
――ツカ……
椅子から降りた大聖師は叫び声を上げた。
「この寺院を作ったのは、僕がキャラ達を監視するためだったのに! どうして! どうして勝手にみんな動くのさ!」
――ドンドン!
足で床を何度も踏む。
悔しさの余り怒る子供のようである。
「キャラ達は途中で死んじゃったり、冒険を投げ出しちゃったりするし! 正規ルートから外れる行動や主人公らしくない行動をするヤツもいた!」
――バンバン!
大聖師は今度は手で床を叩いた。
何度か叩き終えると、今度は冷静な感情を持つ大人のような表情で見上げる。
その視線の先には赤いローブに身を包んだジルがいた。
「ジル……『Ground Brave Quest』で死んだり、冒険を投げだした主人公は何人?」
「約30名以上かと」
「多すぎィ!」
そう小さく言うと大聖師は立ち上がった。
「テコ入れや修正を入れたつもりだがダメだった……気分転換に作った和風ファンタジー『トウリ伝説』もイマイチだった……それにイオやガルアみたいなバグも……」
「どうするおつもりですか?」
「既存のキャラは使い回すとして、新しい物語を作る! 今度はタクティクスでいくぞォ!」
ジルは冷や汗をかいた。
新しい物語を作る――この言葉に恐怖したのだ。
ジルが恐怖したことを察したのか、大聖師は笑いながら述べた。
「ジルは消さないよ、君は強力なバグチェッカーとして生み出したからね。キャラが勝手に動いたり、物語に背くような行動をとれば即座に削除させるために……」
ジルは胸を撫で下ろした。
だが大聖師は冷たい言葉を続ける。
「だからバグチェッカーとして働けよ!」
「だ、大聖師様?」
「お前には戦力をやる」
――パチン!
大聖師は指を鳴らすとジルは後ろに何ものかがいる気配を感じた。
振り向くとそこには黒い髪を後ろに結んだ武闘家らしき女性がいた。
白い拳法着に肩当てを装着している。
「新しく僕が作り変えたシンイーちゃん。あのクソッタレなイオの仲間だったキャラだ」
シンイーという女性……凛とした雰囲気で強さを感じるが目に生気は宿っていない。
まるで戦うためだけに作られた人形である。
「ゴルベガスへ向かえ! これより……」
大聖師の手から光の粒子が放出される。
すると女神像以外が塵のように崩れ始める。
「全てをリセットする!」
***
あれから数ヶ月が経った。俺はゴルベガスに滞在している。
ここにいる人々は不思議だ。
魔物が徘徊しているというのに日常の生活を崩さない。
「そこのゴブリンさん、このデモンアップルは如何かな?」
「旨そうだな、買ったぜ!」
むしろ人々は魔物との暮らしに慣れ、普通に会話するほどだ。
普通の村や街、城に一匹でも魔物が入れば大混乱が起こる。
イオが魔王ドラゼウフの名を継ぎ、正規ではないルートを進み過ぎたことによるイベントの発生か。
いや――この現象がバグなのかもしれない。
俺が何気なく街を歩いていると女が現れた。
「ガルア様、イオ様がお呼びです」
その女性は10代後半、高貴な雰囲気を醸し出す。
アイボリー色の長い髪、服装はゴルベガス周囲の文化圏に合わせ薄い紫の絹の織物を纏っている。
フェイスベールから覗く口は色っぽく、男を惑わす。
「わかった」
「では、お屋敷までご案内します」
だが彼女は元王族……アリアだ。
イグナスの生まれ故郷のイリアサン王国の姫君だ。
何故そのアリアがこのゴルベガスにいるのか?
イリアサン王国が消されてしまったのだ。
彼女の話では、それは唐突に起こったものだった。
ある日のこと、道化師風の男が現れて呪文や特技を駆使して王国を襲撃して来たというのだ。
それもたった一人で。
男の正体はおそらくは大聖師のことであろう。
ヤツの前では王国の屈強な騎士団も、名うての冒険者も敵わなかったとのことだ。
そして、彼女は命からがらここまで辿り着き、イオ達に保護された。
「こちらへどうぞ」
俺はアリアの案内でイオの屋敷へ入る。
アリアはずっと無言、俺は以前マージルに案内されたようにその後ろについていくだけ。
今ではイリアサン王国の姫君も、ただの使用人だ。
「……」
アリアは不気味なくらい喜怒哀楽の表情を見せない。
いや見せなくなってしまったが正しいか。
俺にはアリアに王族という設定がなくなり、魂まで無くなってしまったかのように見えた。
「お入り下さい」
扉の前まで来た、アリアが丁寧に扉を開く。
ギィ……と乾いた音がなると、そこは広い応接間となっている。
大きなテーブルがあり、イオを中心としてクロノ、サッド、ラナンが椅子に座っている。
その周りには騎士風の男や東洋風の貴族、腕利きの冒険者らしき人物が数名いた。
「よく来たね」
イオが笑顔になる。
そう今日は大事な会議が開かれているのだ。
テーブルの中央には大きな世界地図が広げられている。
ラナンが地図に書かれている村を指差す。
「確認したけど、既に消されてたわ」
それは迷宮の森近くの村。
ラナンと初めて会った場所だ。
騎士風の男がラナンの言葉を聞き考え深い顔となる。
「これで消された城、街、村はどれくらいだ?」
「ひぃふぅみぃ――指では数え切れんほどじゃな」
クロノの言葉を聞いて中年の男が続ける。
「それだけじゃない。洞窟や塔――ダンジョンまで消されている」
ジェイド・ヒバート、以前共に戦った男だ。
彼の生まれ故郷も大聖師の手により消された。
戻った時には既になかったが正解か。
イオの話では「粛清だろう」とのことだ。
物語をめちゃくちゃにした報い――キャラの意志で動くことは大聖師にとっては許せない事らしい。
全ては彼の遊戯――イオのインストールで分かった真実。
「ヤツはこの世界――物語を消しにかかったか!」
イオが珍しく感情的に声を震わせた。
このゴルベガスには、このように削除を免れたキャラが世界中から集まっている。
そして――
「イオ様」
扉を開けて魔物が入って来た。
紅梅色の亜種型トロル、ハンバルだ。
「どうしたんだいハンバル」
「僧侶が目覚めました」
その言葉を聞き、俺はハンバルの元へと駆け寄る。
「どこだ!?」
「サディドリームだが」
「直ぐに行く!」
俺は彼らの元へと向かう。
トウリ……そして元仲間だったミラのところだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! これから対策を……」
ラナンの呼び止める声が聞こえたが、俺は急いでサディドリームへと向かう。
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