ゲレドッツォとの魔王城奪還戦から数日がたった。
俺の呪いの装備は外されている。
ハンバルの聖属性の魔法『ケンバヤ』によって外されたのだ。
本当に何者なのだ、あのトロルは……。
「そんな悠長なことを考えている場合じゃないか」
そう俺は曲がりなりにも人間であるので、一種の軟禁状態だ。
魔王城の一室でブツブツと俺は文句を言っていた。
「魔王も人間だろうに、全く意味が分からない」
新生魔王軍の総帥は、2代目ドラゼウフを名乗る女勇者となった。
勇者であった人間が何故魔王などに、それにサッドやラナンは何の疑問も持たないのだろうか。
「所詮、見た目を着飾っても野生と変わらぬか」
魔族、魔物に法も秩序も倫理もない。
力関係が全てだ。究極の上下関係とも言える。
大方、女勇者いやドラゼウフの力に屈服し指示に従っているのだろう。
「どうするのだ……いやどうなるのだ」
一方俺はというと、戻る場所もなく、かといって死ぬことは出来ない。
どういう理由、経緯であれ魔族達に手を貸してしまったのだ。
――ジレンマ。
今の状況は、その一言が相応しい。
俺はまだクヨクヨと思い悩んでいた。
悪党ならば、どれだけ楽であったろうか。
このまま魔族や魔物と一緒になれば……。
「いやよそう」
俺は一言そう述べた。
――コンコン……
ドアをノックする音が聞こえた。
ドクロを模したドアノブが動くと女魔族が入って来た。
ラナンだ。
「出なさい。魔王様がお呼びよ」
魔王が?
一体どういう用件だろうか。
俺はドアを出るとラナンが言った。
「それにしても鎧兜を脱ぐといい男ね。人間にするにはもったいないわ」
ラナンの軽口に少し苛立つ。
そういえば魔王城でも、いきなりキスを迫るなど突拍子もない行動で出た。
魔物の中にも、サキュバスやセイレーンのように人間をたぶらかすものもいる。
ラナンはそういった系統の魔族なのであろう。
「誘惑魔法の類か。あまり俺をおちょくるな」
その言葉を聞いたラナンはムッとした顔になる。
「アンタ自分の立場解ってる?」
「そのつもりだ。さっさと案内しろ」
「エラソーに……さっさとついてきな」
ラナンの先程までの猫なで声が変わりキツイ口調となる。
俺と最初出会ったときと同じ話し方だ。
逆にそっちの方が不自然でなく、何故か心地よい感じがした。
「何笑ってるのよ」
俺の口元が笑っていたのか、ラナンは俺に語りかけた。
「いや……何でも」
「呪われた装備をし続けて、魔の瘴気に脳がやられたんじゃないのかい」
「お前の誘惑魔法の影響だ」
「私は他の妖魔と違って、そんな下品なことはしないわ」
ラナンの毒舌が飛ぶ中、俺は暗い廊下を黙って歩いて行く。
***
「よく来たね」
黄金の玉座に座るのは魔王だ。
ラナンは跪いているが、俺は未だに立ったままだ。
「跪かないのかい? 頭を下げないのかい?」
「堕ちた勇者に誰が――」
「ちょっと! あなたね!」
怒るラナンを見て、魔王は笑みをこぼした。
「いいよラナンちゃん。ボクはこういうハネッ返りは大好きさ」
魔王の手には血のように赤い刀身を持つ剣が握られていた。
何だあの剣は?
「ここに呼んだのは他でもない。ゲレドッツォをよくぞ倒してくれた」
「それだけか」
「褒美を上げるんだよ」
「褒美だと?」
「この『アレイク』さ」
「アレイク……」
「キミはこの剣を扱うに相応しい『バグ』がある」
魔王は微笑んでいた。そこにはもう女勇者の風格はない。
闇に堕ちたのか、それとも何か目的があるのか、漆黒の決意を目に宿しているように見えた。
それにしても『バグ』とは一体何なんだ。
「バグ?」
「それを知るには早い」
魔王はそう述べると、アレイクと呼ばれる剣を俺に渡した。
「……」
俺は恐る恐る手に取る。何故か自然と手が伸びたのだ。
剣を柄を握ると――
「うっ……?!」
アレイクを握った瞬間、俺の体は倦怠感を強く感じるのを覚えた。
この武器は一体……。
「ボクが勇者だった時に入手した伝説の魔剣だ。斬るごとに使用者の生命力を削るが威力は絶大、呪われたキミに相応しい武器とも言えるだろう」
まただ。
また呪われた武器を俺は押し付けられた。
勇者のイグナスと勇者だった魔王……状況は違うが二度も勇気ある者に武器をあてがわれたのだ。
「指令を出す。この大陸にあるゴルベガスへ向かえ」
有無も言わさず、魔王は俺達に命令を出した。
ゴルベガス。この大陸にある街の名前だ。
魔王が出る前は、ゴールドラッシュやカジノで栄えた観光街だ。
別名『ミリオンダラー・シティ』と呼ばれる眠らない街である。
「そこでどうしろと」
何とかアレイクを腰に収めるが、魔剣の瘴気で疲労感を覚えたのか、俺は自然とラナンのように跪いた姿勢となっていた。
魔王はやっと跪いたかという表情で満足気味だ。
「そこに人間や反抗的な魔物を集めて、反乱をもくろむ妖魔がいる。そいつを殺せ」
「魔王様」
俺の隣で跪くラナンが言った。
「我々二人でその妖魔を殺せと?」
「そうだね、暗殺といってもいい。人間によく似たラナンちゃんと、人間のガルアさんなら街に潜入して、そいつを見つけ出し殺すことも容易いだろうと思ってね」
俺とラナンだけでその妖魔を見つけ出し殺せと?
幾ら何でも無茶が過ぎる。
「相手は妖魔なのに、何故人間の街に住み着いているんだ」
「人間のボクに聞かれてもね。サッドのような変わり者の魔物もいるしなんとも」
そういえばサッドも何故か人間に擬態していた。
魔物の中にも人間に興味を持つ者も確かにいる。
イグナス達との冒険でも、途中ある街に寄った際、人間に化けたウェアウルフを倒したことがあった。
そのウェアウルフは人間に化け、村の若者を夜な夜な惨殺し快楽を覚える魔物であった。
ひょっとすると多くの魔族、魔物が人間の形をして生活を送っているのかもしれない。
「さァ行くんだ。ボクはあいつのシナリオを潰していかなければならない」
「シナリオ?」
魔王の言うことが理解出来なかったが、俺は次のクエストに進むしかない。
イベントが発生したからには、クリアしなければならない。
例えバッドルートとしても、それが俺の出来る最大限のことなのだ。
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