Cursed Bug Quest

~呪われた装備を押し付けられた戦士、勇者パーティから戦力外通告を受け魔王軍からオファーが入る~
理乃碧王
理乃碧王

ep41.インストール

公開日時: 2023年3月18日(土) 12:30
文字数:2,719

「おそらくはこれがそうでしょう」


 逃げる途中で入った白い建物。そこには多くの書物があった。

 サファウダは書棚から一冊の本を取り出した。

 バーガンディ色の分厚い本だ。


「『Ground Brave Quest』――あなたの物語です」

「ボ、ボクの?」

「そう……大聖師の考えた壮大な英雄譚」

「英雄譚? ボクが歩んだ冒険が? 全てが作りものだったと?」

「そうです」

「ウソだ!」


 ボクは信じられなかった。

 生まれ故郷にいる父さんも母さんも仲間も、これまで出会った人達全て。

 嬉しいことも、悲しいことも、全ての出来事が紛い物……そんなものを認めるわけにはいかなかった。


「あなたの気持ちは理解出来ます。でも――」


 サファウダはそう言うと本を一枚めくった。

 そこには、ペンで描かれたボクの姿があった。

 細かい身長や体重、家族構成、好みの食べ物まで詳細に記されてあった。


「こ、これはボク!?」

「あなただけではないようですよ。私が見た老人や女性もいます」

「クロノ、シンイー……それにダミアンまで!」

「後はご自身で御覧なさい」


 ボクはサファウダから本を受け取った。

 本のページをめくり続けると、ボクが冒険で出会った人々が描かれていた。


「こ、こんなことって!」

「ページをめくりなさい」

「ウソだ……ウソだ!」


 ボクは本をめくり続ける。

 そこには戦ってきた魔物や使ってきた武器防具、冒険での出来事が詳細に書かれ説明されていた。

 ページの途中にはこう書かれていた「女勇者イオ、魔王ドラゼウフを倒す冒険がこれより始まる」と。


「ボク達は今まで何のために戦ってきたんだ」

「理解出来ましたか。全ての出来事は大聖師によって作られた遊戯ゲームなのです」

「ゲーム……」


 サファウダは書棚から色々な本を取り出した。

 覚えている本のタイトルは『拳花幻想奇伝』『バトルマスター兄弟』『ドラゴンファンタジア・サガ』等々。

 各タイトルを見ると、そこには見たこともないような人や魔物、武器や防具、魔法や特技が書かれている。

 だが、どれも中途半端で途中からのページが真っ白になっていた。


「全部途中から空白だ……」

「飽きて消しましたからね」

「あ、飽きて消した!?」

「私が女王として設定された世界もそうでした。物語は途中まで上手く進むのですが、何かの手違いが起こり自分自身の思う通りの物語が描けなくなると消していくのです」

「どういう意味なの」

「私がいた世界で例をあげると、途中から魔竜王ルビナスという悪役に寝返る主人公が出てきてしまいました」

「悪いヤツに寝返る?」


 ボクの言葉にサファウダは哀しい目をしていた。

 聞かれたくない話だったのだろう。


「彼はルビナスを倒すため、魔導仕掛けの強力な魔装を手にしました」

「魔装?」

「あなたが手にしたアレイクですよ」

「あの赤い剣が!?」


 あのアレイクにそんな秘密があったのか。


「順調にアレイクを入手したのはいいものの、サファウダ戦記の主人公は人に疑問をもってしまったのです」

「疑問?」

「サファウダ国の人間が人畜無害な魔物を虐殺していきました。自分達の戦闘経験を上げる訓練としてね」


 何も言えなかった。

 ボク自身も戦闘の経験を積むために魔物を何匹も倒して来たからだ。

 それは正義をお題目にした虐殺行為だったのかもしれない。

 サファウダは出した本を書棚に入れた。


「下劣な人間の一部は美しい容姿を持つ妖魔を――」

「どうしたの?」

「やめておきましょう」


 サファウダは口をつぐんだ。

 だいたい何かは想像がつく。

 おそらく、その主人公は人間の負の感情を見続けてしまい狂ったんだろう。


「悪に寝返った主人公……彼はルビナスと共にサファウダ王国に攻め入り全面戦争になりました。そして、最後は大きな白い光に世界は包まれ、全てが消えてしまいました」

「誰がやったの?」

「大聖師です」

「それで世界が滅んだとして、あなたは何故生き残っているんですか」

「簡単な話ですよ。彼が私を気に入っているからです」


 同じ女性であるボクから見ても、サファウダは美しい人だ。

 大聖師は愛着があって彼女だけ生き残らせたということだろう。

 そして、その大聖師が世界の創造主であることは理解した。

 ならば――


「ボクの世界も何れヤツに消されてしまうと?」

「今は大丈夫でしょう」

「今は……」


 チンプンカンプンだ。

 そんなボクにサファウダは説明してくれた。


「彼は新たにキャラメイクをしていました。おそらくは世界線をそのままに、主人公だけを変えてゲームを続けるつもりでしょう。これまでに何度も物語を作っては消して繰り返して来たのです。そろそろ美しく終わる物語を作りたがっているはずです」

「だとして……世界の創造主にどうやって対抗すればいいんだ」


 そう。

 大聖師は神に等しい存在だ。

 勇者という設定を持つボクが勝つことなど出来るのだろうか。


「バグを起こすしかありません」


 バグ――サファウダは即座にそう答えた。


「バグ?」

「この世界には、彼が消したはずの物語の断片がまだ残っています。そのバグを多く発生させれば、彼自身手に負えなくなり、世界に干渉することが難しくなります」

「どうしてわかるの」

「彼自身が作った外の世界へと行っていました」

「外の世界へ?」

「理由を私が訊ねるとこう答えました。『物語を作り過ぎて削除するのを忘れ、データの切れ端が残っていることがよくある。違うデータとデータ同士が何らかの原因で出会えってしまえばバグが発生する。バクはやっかいで森羅万象の法則を乱し、僕自身でも制御が難しくなる』と」

「そんな秘密をベラベラと話してマヌケだね。それだったら、貴方がここから抜け出しバグとやらを引き起こせばいい」

「それは無理です。私の行動範囲は制限されていますから」


 少し引っ掛かる言葉だったが、サファウダは淡々と続けた。


「原因は分かりませんが、何らかの形で過去のデータが世界に残されている場合があります。データを削除するため彼は世界に降り立ち、人知れずに消していきます。そのデータは人か魔物かアイテムか……はたまたダンジョンかもしれません」

「じゃあ、ボク達があのほこらでアレイクを手にしたのも……」

「彼にとって、非常に不味いものだったのでしょうね」


 そう述べると、サファウダはボクの額に手を置いた。


「さて……私がここで知り得た情報をあなたに『インストール』しましょう」

「イ、インストール!? それは一体……」

「自分の記憶を他者に伝えるものです。少しでも役立てれば」

「サファウダ……ボクはまだ……」

「静かに……あなたのような違う世界の住人データが来るのを密かに待っていました」


 僕の中へ様々な情報が入って来た。

 サファウダがいた世界のこと、魔那人形マナゴーレムの作り方、彼女の記憶――『サファウダ戦記』という遊戯ゲームで起こった様々なことが僕に記憶された。

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