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――その少し前。リディアが城内へ戻っていくのを見届けたデニスは、宿舎の玄関をくぐろうとしていた。灯りが消えたはずの玄関先に、ランタンの灯りと大柄な人影を、彼は認める。――城下町に飲みに行った先輩兵士が戻ってきたのだろうか?
(いや、違う。あれは……)
「ジョン?」
デニスが自らのランタンで照らすと、その男はやっぱりジョンだった。
「デニス、戻ったか。――中庭で、姫様と逢引きしていたのか?」
開口一番でズバッと訊いてきたジョンに、デニスは苦い顔でボヤく。
「まあ、そうなんだけどさ。お前、他に言い方ねえのかよ……」
「俺は遠回しな言い方が嫌いなんだよ」
カタブツなジョンは、デニスのボヤきをバッサリと斬り捨てた。
この男は幼い頃から、こういうヤツだとデニスはよぉーく知っている。けれど、というかだからこそ、ここで疑問が湧き上がる。
「だったらお前、どうしてリディアに自分の想い伝えねえんだよ? お前の気持ち、アイツも知ってるぜ?」
「……!? 姫様も、ご存じなのか……」
痛いところを突かれたジョンが、「参りました」という顔で夜空を仰いだ。
「……今日の昼間、姫様が海賊と戦うことになった時にさ」
「……ん?」
「俺はあの時、姫様とお前との信頼関係っていうか、強い『絆』みたいなものを感じたんだ。それが、二人が想いを通じ合わせた結果なんだ、って分かった時、もう俺にはここに入り込む隙はないんだと思った」
そこまで言ってしまうと、ジョンは再びデニスに視線を戻した。
「だからってわけじゃないけど、俺は姫様に想いを伝えるつもりはない。姫様はいつも、俺達国民のためにお心を砕いて下さってる。俺は、そんな姫様のお心を掻き乱すようなことはしたくないから」
「ったく、カタブツなお前らしい理屈だぜ。でもな、リディアはお前から直接聞きたがってるんだ。アイツにとってはお前も、大切な幼なじみなんだから」
デニスの思わぬ言葉に、ジョンは目を瞠った。それでも、彼は頑なだ。
「……でも俺は、姫様に想いは伝えない。忠誠心が、俺なりの姫様への愛情だ。姫様に忠義を尽くして、陰ながらお守りすることこそが、俺なりの愛し方なんだよ」
「ああ、そうかい! 勝手にしろよなっ!」
デニスはもう、ジョンの理詰めにはウンザリしていた。捨て台詞を吐いて、さっさと寝部屋へ行こうとするけれど。
「――そういや、十日後にスラバットの王子が国賓として来るらしいな」
「ああ、そうだけど……」
ジョンに引き留められたデニスは、「なんでお前が知っているのか」と訊いた。
すると、イヴァン陛下のお供をしていた先輩兵士から聞いたのだと、答えが返る。
「その王子と姫様との縁談の話も出てるっていうじゃないか。お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫だって。リディアは絶対、オレのこと裏切らないからさ。ちゃんとオレが守るって約束したし」
「だったらいいけどな。ま、せいぜい褐色の肌の王子に姫様を奪られないように気をつけろよ。同じ色の肌の騎士さん?」
「うるせえ! 余計なお世話だっつうの!」
ぷりぷり怒りながら、デニスは階段をドスドスと上がっていく。ちなみに、デニスの部屋は二階、ジョンの部屋は一階のそれぞれ二人部屋である。
「――褐色の肌の王子、か……」
デニスは自分の容姿をジョンと比較して、いつも劣等感を抱えている。生粋のレーセル人であるジョンの白肌・金髪に対し、スラバットとの混血である自分の褐色肌・赤髪が憎らしかった。
「アイツは、なんでオレのことを……?」
自分のこの異国風な容姿に惹かれたのだとすれば、その王子にだって――。何せ、容姿が似ていたってこちらは一介の軍人、あちらは一国の王子だ。身分が違いすぎる。
(オレ、リディアのこと守りきれるかな)
――それから十日間、デニスは悶々と悩みながら過ごした後、国賓としてスラバット王子を迎えることとなった――。
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