――とその前に、その十日間をリディアとデニスの二人がどのように過ごしていたのかを描写しておこうと思う。
ジョンの本心を知ったデニスは翌日の夜、例の四阿でリディアにそのことを話した。
「いいんじゃないの?」
彼女の反応は、デニスの予想に反して淡白なものだった。
「えっ、いいのかよ?」
デニスは虚をつかれたように声を上げる。
「ええ。だって、愛し方は人それぞれ違って当然だもの。わたしにはわたしなりの、あなたにはあなたなりの愛し方があるように、彼には彼なりの愛し方があってもいいはずよ」
それが「忠義を尽くして、陰ながら守ること」ならば、それでもいいとリディアは言うのだ。
「おいおい。こないだ言ってたこととずいぶん違わねえか?」
数日前、「想いを伝えるなら、はっきり伝えてほしい」と言っていたのはどこの誰だったろうか? ――とデニスが問えば。
「あれはデニス、あなたに向けて言った言葉よ」
「……へ? オレ?」
デニスはキョトンとする。
「あなたのわたしへの想いは、さりげない仕草とか態度で何となく分かってたわ。でも、直接的な態度で伝えてくれたことがなかったから、わたしも自信がなかったの」
「オレの気持ち、バレバレだったんだな」
デニスは頬をポリポリ掻いた。とはいえ、ちゃんと想いは伝わり、今はこうして両想いになっているのだからまあ、それでよかったのかもしれない。
「――ところでデニス、わたし達の関係をいつお父さまに打ち明けるかを、わたしはずっと考えているの」
リディアは昨夜のように、デニスの肩に頭を乗せて、少し考えてからゆっくりと口を開いた。
「うん」
「でね、思いついたの。カルロス王子がこの国に来ている間に、そのタイミングをぶつけてみたらどうなるかしら、って」
「……ハイ?」
デニスは面食らう。彼女が言っている意味が分からない。
「ほら、『王子との縁談は受けたくない』って、お父さまに伝えてあるでしょう? その理由が、あなたと恋仲だからって言えば、お父さまも納得して下さると思うの」
「……う~ん、どうだろうなあ?」
デニスは天を仰いだ。そんなにうまく事が運ぶものだろうか? いくらイヴァン皇帝が娘に甘い父親だとしても。
「もう少し様子見でいいんじゃねえかな? 焦って打ち明けて、反対されるのもイヤだしさ」
「そうよね……。もう少し考えてみるわ」
二人はまだ交際を始めたばかりなのだ。もっと他に、話すのに適したタイミングができるかもしれない。
「それに、わたしに求婚しに来る相手に当てつけるようなやり方って、姑息だものね」
「…………」
デニスには、彼女が一体誰のことを言っているのかすぐに分かった。
スラバットの、カルロス王子。西の国境を接する王国の、自分と同じ色の髪・肌・瞳を持つ、現在の事実上の〝君主〟だ――。
「――なあ、リディア。オレのどんなところを好きになったんだ?」
デニスが唐突に、正面からリディアを見つめて訊ねた。
「えっ? どうしたの急に?」
戸惑うリディアに、デニスは真摯な眼差しでもう一度問いかける。
「うん……、いや。オレってスラバットとの混血で、何ていうか異国風だろ? だから、お前もそういうところに惹かれた、ってことはねえかな?」
もしもそれが、彼女が自分に惹かれた理由だとしたら、同じような外見の異国の王子に心奪われる可能性もなくもないのではないだろうか?
「そうね,ないとは言い切れないわ。あなたのその異国風な風貌は、確かに魅力的よ。特に,、澄んだ茶色の瞳がわたしは好き」
そんなデニスの心配を読み取ったかのように、リディアは「でもね」と続ける。
「わたしがあなたを好きな理由は、それだけじゃないのよ。幼い頃からずっと変わらず、わたしに壁を作らずに接してくれるところとか、いつも真っすぐなところとか。あなたの魅力は数えきれないくらいあるわ」
彼女はデニスの褐色の頬に手で触れ、優しく微笑んだ。
「たとえ同じ肌や瞳の色をしている人がいても、この肌と瞳はあなただけのものだから。わたしが愛しているのはデニス、あなただけなの。――『信じて』って言ったでしょう?」
リディアがそこまで言うと、二人はそのまま目を閉じて口づけた。
長い口づけの後、昨夜と同じように抱擁を交わす。ふと,デニスがリディアに訊いた。
「今日はこんなに長く一緒にいて大丈夫なのか? またエマが心配するんじゃ……」
「大丈夫よ。エマにはもう、わたしとあなたの仲について話してあるもの」
リディアはケロッとした顔で答える。
「へえ……。それで、あの娘は何て?」
「『姫様とデニス様が恋仲なんて、お似合いだと思います。私はお二人の幸せをお祈りしております』って。――わたしはてっきり、反対されるかもしれないと思っていたの」
側仕えの侍女に気兼ねしなくて済むのならば、デニスとの逢瀬もずいぶんと楽になる。
ただ、一つだけ問題が……。
彼女は口が軽いのだ。デニスだって、そのことを知らないわけではないので。
「でも、話しちまってよかったのか? もし城中の噂になって、それが陛下の耳に入ったりしたら……」
もっともな心配を口にした。
「それも大丈夫。『くれぐれも,お父さまのお耳には入れないように』って、釘を刺しておいたから」
「……あっそ」
いくら噂好きの女官達でも、皇女の命令に逆らうことはないだろう。……多分。
****
――こうして、二人は毎晩、四阿での逢瀬を重ねた。
〝逢瀬〟とはいっても、二人きりで恋人同士として語らい、口づけと抱擁を交わすだけのとても清いものである。
「皇女リディアと近衛兵デニスが恋仲になっている」という噂は、城内の女官達の間でたちまち広まった。火種はおそらく、一番最初にその事実を知ったエマだと推測される。
噂は危うく女官長の耳にまで届いたが、彼女は口の堅い人物だったため、イヴァン皇帝の耳に入るまでに立ち消えとなった。
****
――そしてとうとう、スラバット王国からの国賓を迎える日がやってきた。
「まあ、姫様! とてもおキレイですわ!」
リディアの部屋で彼女の化粧を終えた侍女のエマは、ドレッサーの鏡に映る主の姿に目を輝かせた。
その主――皇女リディアはというと、彼女に見立ててもらったドレスに不満たらたら。
「ねえ、エマ。このドレス、胸元が開きすぎじゃないかしら?」
「えっ? そうですか?」
エマが選んだこの日の衣装は、リディアの蜂蜜色の髪によく映える、ワインレッドのドレス。絹を素材に、全体に模様が織り込まれた生地で仕立てられており、胸まわりや袖口、裾には金色のレースがあしらわれている華やかな衣装である。
開きすぎている胸元も、髪を下ろしていればまだそれほど目立たないかもしれないが。
この日のリディアは銀のティアラを載せるために髪を結い上げられており、細い首とともに露出した豊かな胸は余計に目立つのだ。
しかも、ただでさえ豊満な胸を、これでもかと寄せて上げて、強調させられているのである。
「よろしいじゃございませんか、姫様。豊かなお胸は、魅力的な女性の象徴です。スラバットの王子様もきっと、姫様のことを魅力的に思って下さいますわ!」
(いや、魅力的に思われても困るんだけど)
リディアが心の中でツッコんでいると、室内に控えていたデニスが(彼が室内に入ったのは、リディアの着替えが済んだ後である)コホンと一つ咳払いをした。
「あのなあ、エマ。ここにれっきとした恋人がいるんだけどな……」
不謹慎だ、とばかりに顔をしかめるデニスに、エマは「しまった!」という顔をする。
「すっ、すみませんデニス様! ……あっ、ですがデニス様がご覧になっても、今日の姫様はステキだとお思いになりませんか?」
「えっ!? ……そ、そりゃあ……な」
急に同意を求められたデニスは、顔を真っ赤にしてドギマギしながらも肯定した。
「……あっ、ありがとう」
恋人に「ステキだ」と思ってもらえたことは、リディアも嬉しい。が、今回の目的は隣国の王子に魅力的に思われることでは決してない。
皇女として、スラバットからの国賓をもてなすことが目的なのである。――少なくともリディアはそう思っている。
「姫様、胸元が気になるようでしたら、大ぶりの首飾りをお着けになってみては?」
エマはドレッサーの上の宝石箱から、大ぶりな紅玉のはめ込まれた金の首飾りを取り出し、リディアの首にかけた。
「ほら、こうすれば胸元も目立たなくなりましたでしょう?」
「……そうね」
見る人の視線はきっと、華やかな首飾りに逸れて、胸元を注視されることはないかもしれない。
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