一週間後。
「さ、もう出ていいわよ。これに懲りたら、二度とあんな真似はしないことね」
そう言ってハピネは俺を塔から出した。
俺は久しぶりに浴びる日の光に、思わず伸びをする。
ヒルドが食事を持ってくるほかは誰の姿も見ず、薄暗い塔でひたすら寝起きしていた。
しかし苦痛ではなかった。
あの本をひたすら読んでいたからだ。
難しい言葉が使われていて、わからない部分もあったが、俺に押しつけられたモーフジェムの持つ力について、必要な知識を得ることはできた。
もちろん、ハピネに復讐するための知識だ。
だが……今はまだ早い。
得た知識は、実践しなければいけない。
俺はもっと、このジェムの力を使いこなせるようにならないとダメだ。
そのときまで、今はまだ耐えるときだ。
「よーし、ぶー太その調子よ! もっと早く!」
「ぶっひぶっひ!」
というわけで、ちんちくりん小娘を載せて屋敷中を駆け回る日常が戻ってきた。
俺は前より素直にハピネの言うことを聞いて、積極的に行動した。
「そこ! ぶー太、急カーブ!」
「ぶひひひひ!」
もちろん奴隷としての立場に目覚めたからじゃない。
復讐を実行するときのために、彼女を油断させておくのだ。
この前の塔への監禁ですっかり反省して心を入れ替え、お嬢様の従順な豚奴隷になりました――というフリである、もちろん。
「庭までラストスパートよ、ぶー太!」
「ぶひいいいい!」
べしべしべしと俺の尻を叩いて歓声を上げるハピネ。
俺は短い四肢を振り回すように動かして、全力で回廊を飛び出し中庭へ。
植木に突っ込む直前で、芝生の上に停止した。
「ぶふーぶふー……」
きっつい……。
特に決まったゴールがあるわけでもなく、相手の気まぐれにしたがってひたすら動き回るというのは、単純な労働よりよっぽどクるものがある。
疲れ切った俺に対してハピネは上機嫌だ。
最近の俺が素直なのがよっぽど気分がいいのだろう。
「あー楽しかった。えらいわよぶー太」
俺から降りると、ガーデンチェアに腰を下ろし、スタンバイしていたヒルドに紅茶の用意を命じる。
「そうだ、ご褒美を上げましょうか」
ふとハピネがそんなことを言い出した。
なんだ、どんぐりでも食わせる気か?
またトリュフ探しなんてのはごめんだぞ?
そう思っていると、ハピネはヒルドにジャムの瓶を持ってこさせた。
蓋を開けると甘酸っぱいベリーの匂いが漂ってくる。
ジャムをスプーンですくってどうするのかと見ていると、ハピネは自分の靴と靴下を脱いで、裸足になった指先に、そのジャムを塗り付け始めた。
え? 突然なに……?
俺が唖然としていると、ハピネはジャムにまみれた足を俺に差し出して言ってくる。
「さ、ぶー太。舐めていいわよ」
…………は?
なに言ってるのこの小娘?
「ほら、どうしたのぶー太? 運動した後は甘いものが欲しいでしょ?」
いや欲しいけどな!
普段の食事には甘いものなんて入ってない。
村にいたときだって、甘いお菓子は年に一度の祭りの日くらいしか食べる機会がなかった。
正直、目の前のジャムは食べたい。
けど食べるなら普通に食べたい。決してこのクソガキの足を舐めて食べたくはない。
「どうしたのよ、ほら、舐めなさい。前は私の、あ、あんなところに顔突っ込んできたじゃない。あれは許せないけど、あ、足くらいなら許してやってもいいって言ってるの」
「ぶぶー……」
いや、あれは俺の趣味じゃなくて豚としての習性なんだって。
それがダメなら足で、なんて妥協とかべつにないし。
俺ががっつりテンションを下げていると、ハピネは段々不機嫌になってくる。
「なに? 私がせっかくご褒美をあげるって言ってるのに、嫌なの?」
ヤバい。機嫌を損ねると、せっかくここまで積み上げてきた(偽の)信頼が台無しになってしまう。
…………くそっ!
「ぶふふふふ!」
こうなりゃヤケだ。
俺は鼻息荒く吹き鳴らすと、ハピネの足元に駆け寄った。
そして舌を伸ばし、ハピネの足についたジャムを舐めとっていく。
ベロベロベロベロ……。
「きゃは! あはは! くすぐった!」
ええい、もぞもぞ動くな。
こっちはさっさと舐め終わりたいんだ。
「なぁんだ。そんなに頑張っちゃって、やっぱり欲しかったんじゃない。そんなに必死にならなくても好きなだけあげるわよ」
ハピネは嬉しそうに言って、足にさらにジャムを落としてくる。
余計なことをしないでほしい。
くそっ、くそっ……ちくしょう、甘くてうまい……!
「ぶひっ、ぶひひっ、ぶひいいいっ」
「ひぁ、ひはは! ふー太、くふぐひゃいよ! ひゃはははは!」
ハピネは笑いすぎて、俺の名前を間違えるくらい身悶えていた。
いや、そもそも俺はぶー太でもなくてブルータスだけどな!
ガーデンチェアの上で笑い転げるハピネの足の、指と指の隙間にまで舌を入れて、俺はひたすらジャムを舐めとるのだった。
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