視界が炎で赤く染まっている。
みんなの叫び声が俺の耳を叩く。
魔族の襲撃だ。
貴族のように傭兵を雇えるわけじゃない、大きな街のように護衛隊を組織できるわけでもない、小さな村に住む俺たちに、抵抗するすべなんかあるわけがなかった。
村はあっという間に燃え尽きた。
抵抗した者はあっさりと殺された。
生き残った者は捕らえられ、奴隷にされた。
俺も捕まり、連れて行かれた。
そして俺は――
○
「起きなさい、ぶー太!」
キャンキャンした小うるさい声で俺は目を覚ます。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
家畜用の檻に入れられて、馬車に引かれてガタゴト揺れる中、冷たい夜風に晒されながら寝られるなんて、よっぽど疲れていたんだろう。
檻の扉が開けられた。
「ほら、出なさい」
目の前に立つ魔族令嬢のちんちくりん小娘――ハピネが偉そうに告げた。
俺は檻から出る。と同時にダッシュして逃げる――暇もなく横からメイドがすぐさま俺に手錠と首輪をはめた。首輪から伸びた鎖は檻の柵の一本につながっている。
奴隷扱いが完璧すぎて涙が出そうだ。
そこは豪華な屋敷の一室だった。
昔、作物の収穫の報告で領主の屋敷にいったことがあったけど、あれの何倍も立派な建物だった。豪華すぎて、なにがどうなっているのかわからない。
床が黒と赤の市松模様で目がチカチカした。
ハピネが腕を組み、偉そうに言ってくる。
「ふふふ、私はハピネ。今日からあなたのご主人様よ、ぶー太。仲良くしましょうね」
「…………」
仲良くしましょう? 脳みそ湧いてるのかこいつ?
人間が魔族と仲良くしようなんて思うわけないだろ。
闇色の肌と頭部の角、そして高い魔力を持つ魔族は、この大陸の大部分を支配する種族だ。
エルフやドワーフといったそれ以外の種族は大陸の周縁に追いやられ細々と暮らしている。俺たち人間族も同様だ。
魔族は自分たち以外の人型種族を下等種族と見做している。そして、好きなように狩りをして捕まえ、労働力や愛玩用や憂さ晴らしに利用するのが当然だと思っている。
魔族以外の誰もが、魔族の脅威に怯え、魔族を恨み、憎みながら生きている。
仲良くできる理由なんかあるはずがない。
俺がなにも答えないでいると、ハピネは不満そうに口を尖らせた。
「ちょっと、返事をしなさい、ぶー太。仲良くしましょうねっ」
「…………」
ダメだ。
名前を訊かれたときは素直に答えたけど、仲良くしましょうねなんていうふざけた言葉には返事ができなかった。
理性では悪印象を与えないほうがいいってわかってても、感情が邪魔をした。
「このっ」
ハピネは言うことをきかない奴隷に腹を立てたみたいで、頬を膨らませて腕を振り回した。
が、すぐに気を落ち着けるように息を深く吐き出すと、メイドに呼び掛けた。
「ヒルド、お願い」
ヒルドと呼ばれたメイドは小さく頷くと、俺の背後に回り、
「失礼いたします」
そう言って突然俺の服をベロンとめくりあげた。
腹が丸出しになる。
「うわ、おい、なんのつもりだ」
「ジッとしてなさい」
ぺろりと舌で唇を舐めると、ハピネは人差し指を俺の腹に押し当ててきた。
ぷにっとした感触。そのまま彼女はなにやら複雑な紋様を俺の腹に描いてきた。くすぐってえ!
俺は腹を見るが、特になにも跡は残っていない。ただ、なんだかじんわりと熱を持っているような気がする。
「もういいわ」
ハピネの言葉に、ヒルドは俺の服を戻す。
彼女は、俺の首輪から伸びる鎖を檻の柵から外すとハピネに手渡した。
一か八か暴れてやろうかと考える俺に、ハピネは言ってくる。
「今のは隷属魔法の呪文。もうあなたは私に逆らえないわ」
「っ! どういうことだよ……」
「逆らったらどうなるか見せてあげる。ついてきなさい」
ハピネが鎖を引っ張りながら言ってくるので、仕方なくついていく。
屋敷は豪華な調度品に溢れ、広々として立派だったが、人が全然いなかった。
そのせいでどこか寒々しい廊下を進んで、地下室に連れていかれる。
そこは牢屋だった。
「見なさい」
「……っ!」
ハピネが指し示した牢の中を見て俺は息をのんだ。
そこには、寝床代わりらしい藁に埋もれた、白い骨が転がっていた。
「もしあなたが私に逆らえば、体内に流し込んだ私の魔力が隷属魔法の呪文と反応して、あなたをそこの奴隷と同じにするのよ。いえ……『元』奴隷の間違いね!」
自分の言葉を訂正してすごく楽しそうに笑うちんちくりん小娘を俺は睨む。
ちんちくりんだが、やはり魔族だ。
魔族以外の種族なんて人と思っていないのだ。
俺は、ハピネの指でなぞられた腹に感じる熱で、自分の身体がドロドロに溶けていくような錯覚を感じていた。
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