ちんちくりん小娘の魔族令嬢を背中に乗せて屋敷中を駆け回ったり、小娘の足をベロベロと舐めさせられたりする屈辱の日々を耐えること数週間。
ようやく、その日は来た。
くたくたになって牢に戻り、泥のように眠りたい欲望を抑えて、豚化の訓練をする。
心臓の近くに埋め込まれたモーフジェムに意識を集中し、精神を乗り移らせるようなイメージで身体を変化させる。
人から豚へ。
そして、豚から――。
「ぐ、う、おおおおおおおお!」
ここ毎日、そのイメージは俺の中にはっきりと現れるようになっていた。
上手く行く日は近いという確信があった。
そして、今日はいけると思った。
くっきりと頭の中に現れたその異形に、俺は精神を移動させる。
その途端、俺の身体は豚からさらにべつの姿に変わっていた。
俺はオークになっていた。
身長は人間のときの二倍くらいに巨大化し、全身が筋肉で武装したように太くなっていた。
肌は灰緑色に変わり、口からは二本の牙が生えているのがわかる。
牢には鏡がないのでわからないが、顔はきっと人と豚の中間のような、恐ろしげな相貌に変わっているのだろう。
「やった、ぞ!」
俺はぎこちない発音でそう唸った。
発声器官の形も人間とは違うらしい。少し喋りにくかった。
これが俺に埋め込まれたモーフジェムの、豚化の先にある効果だった。
そもそもモーフジェムとは、ただ姿を変化させるものではなく、生物が辿った道筋(進化というらしい)を遡らせる力があるという。
そして、このモーフジェムはオーク族の道をたどらせる。
オークはこの大陸ではすでに滅びた種族だ。
神の使いであった巨人がエルフと交わり、オークが生まれたとされている。
オークが人間と交わってゴブリンが生まれ、猪と交わって豚が生まれた。
俺はジェムの力でまず豚になり、豚化を何度も繰り返すことで、その先祖にあたるオークに変身する力を身につけたということになる。
ちゃんと読み取れたかはわからないけど、閉じ込められていたあの塔にあった本を解読した限りでは、そういうことらしい。
そして、オークというのは怪力を持つ。
その単純な力は、大陸のどの種族をもしのぐと言われる。
つまり――魔族よりも強いのだ。
これであのクソ生意気なちんちくりん小娘をぶっ倒せる!
「うおおおおおっ!」
俺は歓喜の雄叫びをあげる。
……が、慌てて口を閉じた。
いけないいけない。
まだ、この姿でどれくらいの時間活動できるのか、あるいはどの程度の力があるのかの検証が済んでいない。
確実に復讐を果たせる目処が立つまで、この姿を知られるわけにはいかない。
今日はひとまず、人間に戻ろう。
そう思ったところで、
「きゃあああっ!?」
牢の外で悲鳴が響いた。
見れば、ヒルドが俺を見て恐怖の表情を浮かべていた。
くそ、見つかった!
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