俺の奴隷生活は【豚】奴隷生活に変わった。
毎朝、相変わらず好き勝手な時間にハピネが地下牢に現れ、俺を叩き起こす。
「ぶー太」
パチン!
ちんちくりん小娘が手を叩くのに合わせて、俺は豚に変身しなきゃいけない。
しかし、毎回うまくいくわけではなかった。
豚化モーフジェムの力は鍛えないと常に作動できるわけではないようで、最初のころは特に、俺はなかなか豚になれない日もあった。
「もう、ぶー太! 早く豚になりなさい!」
「やってるっての。やってるんだけど……」
俺は意識を集中するが、すればするほどうまくいかない。
当たり前だ。
俺自身は豚になりたいなんて思っちゃいないんだから。
「もういいっ。今日はその姿のままで豚をやって」
そんなことを言われて、人間の格好で『ぶーぶーぶひぶひ』以外の発声を禁じられる日もあった。
豚化がうまくいった日は、ハピネは満足そうに笑って、俺の上に乗っかった。
人間の姿のときは横座りだったが、豚の身体はまるまるとしていてそれだと滑り落ちてしまうので、馬に乗るときみたいにまたがる形になる。
豚の上にちょこんと乗っかる十歳のご令嬢。
死ぬほど間抜けな絵面だと思う。俺には見えないけど。
「さあ、出発よ、ぶー太!」
なにが楽しいのか底抜けに明るい声でそう言って、俺の豚尻をぺんぺん叩いてくるハピネ。
俺は振りおとしてやりたい衝動に駆られるけど、白骨死体になるのが怖いのでそれもできない。
「ぶひーぶひー!」
どうせなにを言っても豚の鳴き声にしかならないのをいいことに、好き勝手な悪口を言い放ちながら屋敷中を豚走りする。
「あはははは! その調子よ、ぶー太! もっと速く!」
「ぶーぶー!」
――うるせーバーカ!
「楽しそうね! 運動できるのが嬉しいの?」
「ぶっひぶっひ!」
――このまま肥溜めに突っ込んでクソまみれにしたらお似合いだろうな!
「よーし、次はジャンプよ! そこのソファを飛び越えて!」
「ぶひひひひ!」
――そのまま窓の外に放り投げてやるのも楽しそうだな!
まあやらないんだけど。
ハピネが俺の腹に描いた隷属魔法の呪文。その発動条件を俺は詳しく知らない。
心の中で敵意を持つくらいは大丈夫のようだけど、どの程度の行動で『反逆した』とみなされるのかわからないのだ。
その条件を見極めるためには、慎重に行動しなけりゃならない。
散々走り回らされて、疲れ切って牢屋に戻ると、豚化の特訓の時間である。
人間の姿で豚の真似事をさせられるのは、豚になるより精神にくるものがある。
だから、ハピネに要求されたらすぐ豚化できるようになっておかなければいけない。
あのちんちくりん小娘の命令に従うのはシャクだが、逆らえないのだから仕方ない。
目を閉じ、深呼吸して、豚の姿を思い浮かべる。
心臓のあたりにあるモーフジェムが俺の全身に魔力を巡らせ、俺の身体を変化させる様をイメージする。
「ふー……」
最初はうまくいかなかったけど、何日か続けているとコツがわかってきた。
身体が変化するというより、入れ替わるようなイメージのほうが上手くいく。人間の身体のほかに豚の身体があって、精神がそっちに乗り移るような感覚だ。
「ふんっ!」
気合を入れると、ぼん! と身体が変化した。
足を持ち上げてみる。その先は五本の指ではなく、ずんぐりとした蹄に変わっていた。
よし、上手くいったぞ。
「ほっ!」
もう一度気合を入れてみる。
ぼん! と身体が人間に戻った。
「ふんっ!」
豚!
「ほっ!」
人間!
「ふんっ!」
豚!
やった! 自在に変身できるようになったぞ!
俺はぶひぶひ声を上げながら牢屋内を転げ回って喜んだ。
「あら、ずいぶん楽しそうね」
「っ!」
見ると牢の外にハピネが立っていた。
くそ、見られた。
っていうか俺はなんで豚化に成功してこんなに喜んでるんだよ。
俺は即座に人間の姿に戻る。
不思議なことに、着ている服は豚になるときは消えて、人間に戻るとまた身につけた状態になる。
ハピネはニタニタとクソ腹たつ笑みを浮かべながら、
「豚化がだいぶ得意になったみたいね。偉いわ、ぶー太」
「……まあな」
褒められても嬉しくもなんともねえぞ。
「ご褒美に明日はいいところに連れて行ってあげる」
ご褒美だぁ?
「楽しみにしてなさい」
そう言ってハピネはスキップでもしそうな足取りで去っていった。
全然楽しみじゃねえ……嫌な予感しかしないぞ……。
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