魔族令嬢の奴隷にされたけど、面白半分に付与された外れスキル【豚化】を活用して反逆します

三門鉄狼
三門鉄狼

魔族令嬢の事情を知りました

公開日時: 2020年9月27日(日) 20:03
文字数:1,849

俺は、ここまで逃げてきた道をふたたび辿って城へ走った。


途中で兵士に見つかりそうになり森に隠れて、森の中をさらに走った。


自分がなにをしたいのかわからない。


戻ったところで城に入れるのか?

入ったところでハピネに会えるのか?

会ってどうするんだ?


わからないけど、でもどうしても、このままどこかへ逃げることだけはできなかった。


さっきの宿屋の主人の話が頭を過ぎる。


ハピネが殺される理由。

それは、古から続く魔族の風習によるものだった。


『ほとんど滅びかけた風習だけどな。でも、一部の貴族の間では、いまだに行われてる。キューブリア家もその一つだ』


主人はそう前置きして話し出した。


魔族の間では、貴族は長男が家を継ぐことになっている。

ただ、不満を抱いた兄弟姉妹が長男と争い、領地を奪い取ることもある。


それは人間の貴族も同じだ。


ただ、魔族が人間種と異なるのは、高い魔力を持っていること。


貴族の身内が魔法を使って争えば、それだけで土地は荒れ、人は死ぬ。国が傾きかねない。


ではどうすればいいのか?


簡単なことだ――争いの種になる者は殺してしまえばいい。


『そんな乱暴な!』


『ああ。だから今は滅びかけてるんだよ。けど、歴史ある貴族の家では今でもまれに行われる』


領地争いが激しくなりそうな状況。

嫁がせるべき相手が特にいない状況。

親子や兄弟間の愛情が薄い状況。


そんな条件が重なると、その古の風習が引っ張り出されることになる。


そして、今のキューブリア家は、その条件が揃っていたのだ。


『特に、ハピネ様とその姉のクスハ様は、魔力の高い妾の子だった。魔族の女はだいたい十二歳くらいで一気に魔法の能力を覚醒させる。だから、そうなる前に殺されることが決められていたんだ』


『その、クスハって人はどうなった?』


『五年前のことだ。あの城の中庭で、ハピネ様の見ている前で……』


それが、ハピネのこの地での『辛い思い出』。


姉の死を――将来の自分の姿を目の当たりにして、ハピネは兄の元を去った。


そして与えられたあの屋敷で、定められた死を待つ数年を過ごすことにした。


死ぬまでの間だけ、キューブリア家はハピネのわがままを可能な限り叶えるという約束をしていた。


俺は、奴隷オークションのときのことを思い出す。


俺を百万ベリアで買うとハピネが宣言したときに漂った、諦めのようなため息とざわめきに満ちた空気。


あの場にいた魔族たちは、全員がハピネの運命を知っていたのだろう。


真相を知ってみれば、その態度の意味は明らかだ。


哀れみと嘲りが混ざったような、奇妙な上から目線。魔族を等しく憎んでいたあのときの俺には、その空気感までは読み取れなかった。


『じゃああなたは今日からぶー太ね!』


そう言って俺に勝手に名前をつけたハピネの顔が頭を過ぎる。


『ふふふ、私はハピネ。今日からあなたのご主人様よ、ぶー太。仲良くしましょうね』


屋敷に到着してそうそう、そんなふうに言い放った彼女の偉そうな姿も。


あいつはたぶん、本当に俺と『仲良く』したかったのだ。


けど、あの小娘は人と仲良くするやり方がわからなかった。


そりゃそうだ。数年後に死ぬとわかっているご令嬢に友達なんてできなかったから。


ハピネは、人間関係といえば屋敷で接するような主従関係しか育めなかった。


人間のままの俺を四つん這いにさせて乗っかり歩かせたのは、まだ殺されることが決まってなかったころに、家族の誰かにしてもらった遊びを再現していたのかもしれない。


親か、兄か、それともべつの誰かかはわからないけど。


俺を豚化させてからの行動は、昔飼っていた犬のふー太の代わりだった。


主従関係か、ペットと飼い主の関係か。

ハピネは他にどう俺と接すればいいかわからなかった。


俺がオーク化して反逆してからの、妙に卑屈な態度もその現れだろう。


下の立場になったらひたすら謙る。

ほかに取れる行動を知らなかったのだ。


けど……そうやって主従が逆転してからも、ハピネは俺を憎んだりはしなかった。


モーフジェムの呪いを解くため、辛い思い出のあるラッシュの居城まで案内し、拘束されたあとはヒルドに頼んで俺を逃してくれた。


ラッシュに捕まったとき、ハピネは『話が違います』と訴えていた。


あのとき俺たちを三人とも拘束した兄の行動は、彼女の望むものではなかった。


だったら……お前はなにを望んでいたんだ?


あのときだけじゃない。

これまでずっと、お前はどうしたかったんだ?


あいつと、きっとこれまで一度もちゃんと言葉を交わしたことのなかった俺は、彼女の答えを求めるように、ただ走ることしかできなかった。

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