俺がオーク化しているので、街道を進むわけにはいかなくなった。
オークはすでに絶滅した存在だ。目撃されたら絶対に騒ぎになる。
というわけで、途中で街道を外れ細い山道に入った。
道は悪いが、距離的には近道らしい。
早く着けるならそれに越したことはないだろう。
――それが良くなかった。
「グルルルルル……」
低い唸り声に俺たちは取り囲まれていた。
「なんなんだこいつら……?」
見たことのない獣だった。
狼に似ているがもっと大きい。人間に近いサイズだ。それに顔もどちらかというと猿っぽい。
「エイプウルフです……! この辺りによく出る魔物ですが、こんなに大量に発生するなんて……!」
ヒルドが焦った声で言ってくる。
そういえば、俺に隷属魔法をかけた(フリをした)とき、見せてきた骨は魔物の骨だって言ってたな。頭蓋骨が人間っぽかったし、こいつらのものだったのかもしれない。
「エイプウルフは集団での狩りがとても得意な魔物です。気をつけてください」
気をつけてって言われてもな。
俺たちが住む土地には魔物なんていなかった。どうやって対処したらいいかなんてわかんねえぞ。
「グアアアアア!」
「うわっ!」
エイプウルフたちが俺に飛びかかってきた。
オークの姿をしている俺が、この三人の中じゃ一番強そうに見えたんだろう。
強いやつから倒そうって腹か。
「この、離れろ!」
俺はオークの膂力でエイプウルフたちを振り払う。
エイプウルフは簡単に離れるが、すぐに体勢を立て直して飛びかかってくる。
くそ、厄介だな。
「グアアアアア!」
同時に十匹くらいが一斉に俺に取り付いてきた。
くそっ、鬱陶しいな!
「きゃあ!」
ヒルドの悲鳴が聞こえた。
見れば、エイプウルフたちはメイドの長いスカートにとりついて、彼女を引き倒そうとしていた。
「ヒルド!」
俺がなにかを考えるより早く、ハピネが俺の肩から飛び降りた。
「このっ! 魔物ども! 私のメイドから離れなさい!」
頼りない足取りで駆けていって、ヒルドに取り付いたエイプウルフに体当たりするハピネ。
「ギイイイイ!」
「きゃ!」
しかし手錠のついた身ではうまく立ち回れるわけがなかった。
怒ったエイプウルフが振るった腕に、ハピネは突き飛ばされる。
服の袖が切り裂かれていた。どうやら怪我をしたみたいだ。
「い、った……!」
「お嬢様!」
ヒルドが悲鳴を上げる。
取り付くエイプウルフを引きずるようにしてハピネに歩み寄る。
が、彼女もやはり手錠付きでうまく動けない。
すぐにさらに大量のエイプウルフにまとわりつかれて倒れてしまう。
お互いを守るように抱き合う魔族の主従。
「…………」
……ちっ。
なんだってんだ。
それじゃまるで、ごく普通の、血の通った、仲間思いの人間みたいじゃねえか。
「うおおおおおおおおおっ!」
俺は大声で吠えて腕を思い切り振り下ろす。
俺に取り付いていたエイプウルフが数匹、地面に叩きつけられた。ごりゅ、と鈍い音を立てたそいつらは、もう飛びかかってはこない。
「ギイイイイ!」
「ギギギイ!」
怒りと警戒の声を上げるエイプウルフたち。
だがもう遅い。
俺は本能的に理解していた。
俺とこいつらじゃ、勝負にすらならない。
「おら!」
正面から突っ込んできた数匹を、腕を横にふって蹴散らす。
背後から背中に乗っかってきた奴らを無造作に毟り取って地面に叩きつける。
進路を遮るやつを脚で乱暴に追い払い、
「おらおらおら! さっさとうせろ!」
ハピネとヒルドに取り付くエイプウルフを掴んでは投げ、掴んでは投げていく。
勢いがつきすぎて、何匹かの身体が千切れて辺りに血が飛び散った。
途中からやりすぎだとわかっていたが、一度勢いのついたオークの衝動は止まらない。
気づけば、生き残ったエイプウルフは逃げ出し、俺の周りにはその残骸だけが残っていた。
「ふぅー! ふぅー!」
自分でも引くくらい荒々しい息が口から漏れている。
漂う血の臭いに興奮しているのがわかった。
もっと、もっと! と俺の中の得体の知れない感情が騒いでいる。
「ぶ、ぶー太っ」
足元で、誰かが声をあげた。
見れば、闇色の肌の、角を生やした小娘が俺を見上げていた。
魔族だ。魔族の女だ。
魔族は俺の村を襲った。みんなを殺した。憎い。憎い憎いニクイ憎い憎い憎いにくいにくいニクイ憎い――!
「ぐおおおおおおおおおおっ!」
「ひ、ぎっ……」
俺は片手でその魔族の頭を鷲掴み、顔の前まで持ち上げた。なす術もなく持ち上げられる小娘。
「お嬢様――きゃ!」
悲鳴をあげてもう一人の魔族が飛びかかってきたが、あっさりと突き飛ばす。
小娘は俺の顔を見て、恐怖に引きつった表情を見せる。
魔族だ。みんなの仇だ。
一発殴ればこいつは死ぬ。
殺せ。殺せ殺せ、殺せ殺せ殺せころせ殺せコロセ殺せ殺せころせころせコロセ殺せ!
拳を握りしめ、思い切り振りかぶって、小娘の腹に打ち込もうとした、その刹那。
「……ぶー太」
「ぐっ」
その表情に俺の衝動が急速に萎んでいった。
直前の恐怖に満ちたものとはまるで違う、穏やかな表情だった。
全てを諦め、全てを受け入れ、俺に殺されることを望んでいるかのような、静かな表情だった。
「…………」
俺は衝動が萎んだ隙に押さえつける。
ハピネの頭を掴んだ手の力が抜け、彼女は俺から解放されて地面に落ちた。
「ぐ、う……うっ!」
俺は、自分の身体を押し潰して縮めようとするかのように両手で頭を押さえる。
「ぶー太! 大丈夫!? しっかりして!」
ははは……豚奴隷の心配をするなんて、らしくないな、お嬢様。
俺は自分の身体が元に戻っていくのを感じつつ気を失った。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!