ある日、普段ならもう牢屋に戻れる時間なのに、俺はハピネに鎖を引かれ、屋敷の玄関ロビーに連れてこられた。
この屋敷について最初に、檻から出されたあの場所だ。
「なんの用だよ」
もう疲れたから早く休みたいんだけど。
ちなみに、ハピネは俺の口の利き方にはあまりうるさく言ってこない。
最初は敬語を使っていたが、面倒くさいのでタメ口にしている。
魔族にとっちゃ、人じゃない奴がどんな口調でもどうでもいいってことなんだろう。
「ふふふ、面白いものが手に入ったのよ」
「面白いもの?」
「ヒルド」
ハピネが命じると、メイドのヒルドが玄関扉の前に置いてあった木箱を持ってきた。
それを開けると中には金属の箱。
その中はさらに頑丈そうな鍵付きの箱。
ずいぶん貴重な品みたいだ。
鍵を開けて箱を開くと、やっと中身が出てきた。
それは眩く輝く、拳大の宝石に見えた。
「すげえ……」
俺は思わず呟く。
ハピネはそんな俺を見てドヤ顔で得意げだ。クッソむかつく。
「ふっふーん。すごいでしょ。でも、これはただの宝石じゃないのよ。モーフジェムっていうすごい力を持った魔石なんだから」
「モーフジェム?」
人間族にもわかるように説明してあげるわ、と小憎たらしい前置きをしてから、ハピネは語る。
この大陸には、様々な力を秘めた〈ジェム〉と呼ばれる魔石が存在している。
その中でも〈モーフジェーム〉は貴重な品で、滅多に市場に現れない。それをハピネは運よく発見し、五百万ベリアで手に入れたのだそうだ。俺の五倍の値段……。
「貴重なのはわかったけど、なんでそんなのを俺に見せる?」
ただの奴隷の俺に。
すると、ハピネはモーフジェムを手に取ると、ニタリとクソむかつく笑みを浮かべて言ってきた。
「もちろん、あなたに使うために決まってるでしょ、ぶー太」
「なっ……!?」
「ヒルド」
俺は逃げる暇もなく、メイドに背後に回り込まれる。
そして着ていた服をべろりとめくり上げられる。くそっ、またこのパターンかよ。
今度は胸の上まで露わにされる俺の身体。そこにハピネがモーフジェムを近づけてきやがる。さっきは綺麗だと思った宝石の輝きが、不気味なものに見えてくる。
「やめろ、離せっ!」
「おとなしくしなさい。白骨死体になりたいの?」
「……っ!」
白骨死体はいやだ。けど、わけのわからない魔石を使われるのもいやだ。
どっちがマシかと判断する暇もなく、ハピネは俺の胸にモーフジェムを押しつけた。
「うぐっ……」
ずぶっとジェムが俺の身体に沈み込んだ。
まるで泥の中に石が落ちていくみたいに、魔石は俺の体内に消えていく。
痛みはない。しかし――。
「うわああああああ!?」
全身が熱くなる。俺の身体そのものが太陽にでもなったみたいに、内側からすごい熱が生み出されている。
「落ち着きなさい、ぶー太。すぐに治るから」
「はっ……はっ……」
シャクだがハピネの言うとおりだった。
熱はすぐに引き、俺の身体は元どおりになった。
「なんだ……? おい、俺の身体になにをしたんだ!」
俺は声を荒らげる。
パン! と突然ハピネが俺の目の前で手を叩いた。
びっくりして俺は一瞬目をつぶる。
その一瞬で――
「……なんだ?」
俺の視界が急に低くなった。
視界が黒と赤の市松模様の床で埋まる。
さっきまでハピネを見下ろしていたのが、見上げないと顔が見えなくなっていた。
俺、いつの間に四つん這いになったんだ?
立ち上がろうとする。
しかしうまく立ち上がれない。
なんだか手足が短くなって、関節の位置もおかしくて、まるでこの姿勢の方が自然な身体になってしまったみたいだ。
なんだ、どうなっている。
「ヒルド」
「はい」
メイドが俺の前にしゃがみ込むと、手鏡を見せてくる。
そこには、えっと、あ? なに? なんだこれ。
そこには――豚がいた。
ピンと立ったペラい耳。
くりっとした小さな目。
正面に突き出たでかい鼻。
まるまると太った胴体。
どこからどう見ても豚だ。
なんで? え? どこから現れたの?
と横を確認したりする必要はなかった。
「やった! うまくいったわね!」
ハピネが万歳して喜んでいたからだ。
「大成功! ぶー太が豚になった! ぶー太が豚になった! あはははは!」
豚になったのは俺。
間違いないらしい。
ふざけんなよこの小娘!
思わずそう叫ぼうとした俺だが、豚である俺の口からは、
「ぶひっ! ぶひっ! ぶーぶー!」
とひどく間抜けな鳴き声しか出てこない。
くそっ! くそっ! くそっ!
ハピネはビシッと俺を指差して言ってくる。
「いい? この【豚化】モーフジェムは、鍛えれば自分の意思で豚に変身できるそうよ。だから、私が命じたらいつでも豚になれるよう、特訓しておきなさい」
「ぶひっ、ぶひんっ!」
ふざけんな、死ね! と言ったんだが、当然ハピネには通じない。
「いい返事ね。楽しみにしてるわ」
「ぶひっ、ぶひんっ!」
「ぶー太ぶー太! あはははは!」
「ぶひっ、ぶひんっ!」
ちくしょー、なにが楽しいんだよクソガキ!
……こうして俺は、名実ともに魔族令嬢の【豚】奴隷になったのだった。
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