ハピネの手が伸ばされる。
振り上げた腕の動きが一瞬止まる。
「今だ! 撃てえ!」
ラッシュの声が響き、兵士たちが投射装置の巻き上げ紐から手を離す。
蓄えられた力が一気に解放され、巨大な矢が怪物へ向かって飛んだ。
それは頭を狙い撃つ軌道。
命中すれば、いかな巨人といえど、脳をぶちまけて絶命するだろう。
しかし、
「ぐ、うおおおおおおっ!」
俺は。
飛来する矢を掴み取る。
巨大な矢は普通サイズの人にとっては脅威だが、重くて速度が遅い。
グレンデル化した俺にとってはキャッチできるレベルだった。
「なっ」
ラッシュが目を丸くしている。
悪いな、何度も。
やっぱり俺は素直に殺されるわけにはいかないんだ。
このお嬢様は、もう絶対に諦める気なんかなさそうだからさ。
俺は掴んだ矢を握りしめる。
メキッと折れるそれを自分の胸に突き刺した。
「ぐ、う、あ……っ!」
「ぶー太!?」
痛え……。
巨人になっていても、痛いものは痛いな……。
だが、鏃に含まれたアンチジェムが、心臓近くに埋め込まれたモーフジェムの力を一気に中和していくのがわかる。
意識がはっきりしていく。
それに伴って身体もゆっくりと元のサイズに戻っていく。
「のれ、ハピネ」
俺は手を差し出す。
ハピネはなにも問うことなく城壁から手のひらに跳び乗った。
俺は跳躍。
一気に馬場へ移動し、ラッシュたちがいるところへ戻る。
矢を放った巨大な兵器をひと蹴りで破壊し、周りにいた兵士たちを蹴散らす。
捕まっていたヒルドを助け出す。
戦いにすらならない。
俺は右手にハピネを、左手にヒルドを乗せたまま、その場を去ろうとする。
「待て!」
ラッシュの声に、一瞬脚を止めてしまったのがいけなかった。
どすん! とラッシュが放った矢が背中に突き刺さる。
至近距離で放たれた矢は、グレンデルからオークのサイズに戻りつつあった俺の肌に深くめり込み、モーフジェムの効力を過剰に奪った。
くそっ、ここまでパワーダウンしなくてもいいんだよ!
「取引だ、人間種」
ラッシュは第二射をつがえ、俺に向けながら言ってくる。
「取引?」
「そうだ。ハピネは置いていけ。そいつだけは逃すわけにはいかない。キューブリア家の次期当主として、私はそいつの命を断たねばならない」
俺は振り向き、ラッシュを見る。
彼は俺の頭を真っ直ぐに狙っていた。
この距離なら矢は外れようがないだろう。
「そのメイドは好きにしていい。魔族が人間種の慰み者になるのは業腹だが、致し方あるまい。さして身分の高い者でもないようだしな」
「…………」
ああ、すごいな。
マジで言ってるのか、こいつは。
ハピネの豚奴隷扱いがマシに思えるクズっぷりじゃないか。
「ハピネ」
俺は小さくつぶやく。
「お前、こんな世界で、よくそこまで真っ直ぐに育ったもんだよ」
「え?」
不思議そうな声を上げるハピネを俺は地面に下ろした。
「よし、いいぞ。そのまま立ち去れ。二度と姿を現すな」
なにを勘違いしたのか、満足そうにそう言ってくるラッシュ。
俺に向けられていた矢の鋒がぶれる。
今だ!
俺はヒルドも下すと、ラッシュに向かって一気に駆け出した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!