「連れていけ!」
ラッシュが苛立たしげにそう言って、兵士たちがハピネを引っ張っていく。
「待って! やだ! ぶー太! ぶー太ぁ!」
ハピネは手を伸ばして叫ぶ。
しかしその幼い身体は処刑台へと連れていかれた。
……待ってろ、ハピネ。
今、そのクソみたいな運命からお前を解放してやる。
「うおおおおおおおお!」
俺は咆哮する。
そのあまりの巨大さに、ラッシュが顔をしかめて耳を塞ぐ。
はっ、ざまあみろ。
俺の身体がモーフジェムの呪いによって変化していく。
やがて、灰緑色の肌を持ったオークになった。
しかし――。
「ぐっ……!」
俺の身体はすぐに人間に戻ろうとする。
檻の柵に含まれたアンチジェムのせいだ。
身体が言うことを聞かず、俺はその場に蹲った。
身体はそのまま縮んでいく。
「ははは! バカか! 気力でどうにかなるようなものではないぞ! その檻はモーフジェムで強化された兵士を閉じ込めるためのものだ! 破壊などできん!」
……だろうな。
この檻を持ってこさせるとき、ラッシュはこう言っていた。
手錠じゃこの化物レベルのモーフジェムには心許ない、と。
つまり、アンチジェムは、モーフジェムで変身する存在の強さに合わせて、強力なものが必要になるということだ。
そして、この檻はオークレベル対応。
なら――オーク以上の化け物になってやればいい。
「ぐ、う、お、お、おおおっ」
俺は腹の底から呻き声を上げる。
アンチジェムの檻に囲まれ、勝手に元に戻ろうとする身体に逆らい、モーフジェムを活性化させる。
モーフジェムは俺の心臓のすぐ近くにある。
ハピネがそこにそれを埋め込んだ。
そのときのことを俺は思い出す。
ヒルドにはがいじめにされ、ハピネに石を押しつけられた。
身体が太陽みたいに熱くなった。
そして気づくと、俺は豚に変わっていた。
ハピネはそれを見て楽しそうに、
『大成功! ぶー太が豚になった! ぶー太が豚になった! あはははは!』
そう声を上げていた。
ほんと、バカかよ。
そんな態度で、なんで俺と仲良くなれると思ってたんだ?
「く、はは」
俺の口から思わず笑い声が漏れる。
それを見たラッシュが怪訝な顔で言ってくる。
「なんだ? 苦しさについにおかしくなったか?」
「さてな――ぐうおおおおおおお!」
おかしいのかもしれないな。
俺を豚にしたお嬢様を助けるために、俺はオーク以上の化け物になろうとしてる。
ハピネに閉じ込められたあの塔の中で読んだ本に書かれていた。
モーフジェムとは、生物が辿った進化を遡らせる力がある。
俺に埋め込まれたジェムは、オーク族の道を辿らせるものだ。
「うおおおおおおおおおお!」
俺の身体が変化を始める。
すでに人間の二倍ほどの身長になっていたオークの身体がさらに膨れ上がった。
筋肉量は異常なほどに増大し、口から生えていた牙がさらに長く伸びていく。
額からは二本の角が生え出てきた。
オークとは、この大陸ではすでに滅びた種族だ。
神の使いである巨人とエルフが交わり、生まれたとされている。
オークが人間と交わってゴブリンが生まれ、猪と交わって豚が生まれた。
俺はまず豚になった。
そして、モーフジェムの本来の力を知って、進化の道を遡りオークとなった。
だがこれで終わりじゃない。
「な、なんだ、その姿は? なにが起こっている!?」
ラッシュは目を丸くして、その場に尻餅をつく。
無理もないだろう。
オークなら記録に残っている。
子供向けの絵本やなんかにもときどき敵役として登場する。
だが、その祖先が登場したことはないだろう。
俺だって、あの本を読むまで名前すら知らなかった。
どんな外見かだってわからない。
オーク以上の醜い姿になるのかもしれない。
だが、それでも俺はその姿に変化する。
「グオオオオオオオオオ!」
口から出る声が完全に人間離れしていく。
身体がどんどん巨大化していき、ついに檻を破壊した。
もはやアンチジェムの力は作用していない。
俺の中のモーフジェムは、その真の力を発動させていく。
オークという滅びた種族。
そのさらに古き姿がある。
地上に降り、エルフと交わってオークを生み出したのは、神の使いたる巨人だという。
それこそが、オーク族の本来の姿。
その巨体の。
その怪力の。
全ての源。
人の五倍の体躯を持ち、天を衝く二本の角を誇り、ある者は英雄と戦い、ある者は水底を支配し、ある者は国を滅ぼしたという。
その名を――
「ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
絶叫が轟く。
破壊された檻の破片が飛び散り、ガランガランと音を立てる。
ラッシュは腰を抜かしたまま這うように逃げていった。
周りで見物していた魔族たちも一斉に逃げ出す。
悲鳴が、怒号が、叫声が響き渡る。
その場は瞬く間に恐怖が支配する場となった。
圧倒的な存在感。
誰もが恐れるしかない。
誰もが平伏すしかない。
挑むことすら許さず、破壊と殺戮と絶望と破滅をもたらす者。
その怪物の名は――
――グレンデルという。
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