翌日。
ずっと牢の中に閉じ込められている俺でもわかるほど、城中が騒がしかった。
宴会が開かれ、たくさんの料理が供されているらしかった。
たくさんの魔族が挨拶に訪れては、去っていくようだった。
人間種の俺は知らなかったことだけど、キューブリア家ってのは魔族たちの中ではけっこう影響力のある貴族なのかもしれないな。
牢の見張りが交替するときの雑談で、ハピネの処刑は夕方だと知った。
それまではまだ余裕がある。俺は脱出の機会を待つことにした。
脱出に使おうと考えている方法を、俺はまだ試したことがない。
俺の身体がどれだけ保つか分からないのだ。
失敗は許されない。
檻の中で、俺は想像するしかない。
ハピネは今、いったいどんな気持ちで宴会に参加しているのだろうか。
宴会は彼女のために開かれている。
たくさんの料理は、彼女の『最後の願い』の代わりだそうだ。
あいつは、どんな気分でそれを口にするのだろう。
訪れる魔族たちは、ハピネにどんな言葉をかけているのだろう。
ハピネは、それにどう答えるのだろう。
死の運命を定められた少女は、どんなふうに扱われているのか。
けっきょく、俺にはなにも想像できなかった。
そろそろ脱出しようかと考えているところへ、数人の兵士が現れた。
彼らは牢の扉を開き、俺を檻ごと運び出す。
「おい、どこに連れていくつもりだ」
「ハピネ様のところだよ」
若い兵士が、思わずといった感じで答えてくれた。
それが、ハピネの処刑場という意味なのか、俺も一緒に処刑されてあの世に連れて行かれるという意味なのかはわからなかった。
まあ、どっちにしろ牢からは出してもらえた。
手間が一つ省けたぜ。
兵士たちは俺を城の裏手に連れてきた。
昨日、俺が豚化して歩いた馬場だ。
普段は乗馬の訓練に使うのだろう広い空き地は、急ごしらえの処刑場になっていた。
中央に大きな処刑台。その上に磔のための十字架がある。
周りには仮設の座席が用意され、貴族たちが座っている。
一際豪華な椅子に座るラッシュの姿もあった。
俺は檻のまま運ばれながら貴族たちの様子を眺めて違和感を覚える。
だが、それがなにかは分からない。なんだ? なにがおかしい?
俺を入れた檻は貴族たちの席と処刑台の中間くらいに置かれた。
「調子はどうだ、人間?」
ラッシュが歩み寄ってきて話しかけてくる。
「いいと思うか?」
「もうすぐハピネが連れてこられる」
俺の言葉を無視して、ラッシュは言う。
「夕陽に照らされながら彼女は処刑される。そのあと、お前も同じように殺してやる。ありがたいだろう?」
ああ、ありがたいね。
そんなクソみたいなことを考えて俺をここに連れてきてくれたことがな。
おかげでハピネに訊きたいことが訊ける。
「……時間だ」
口ではなにも答えない俺に小さく鼻を鳴らすと、ラッシュはそう言った。
静かに、ハピネが連れてこられる。
昨夜見たときと同じく、後ろ手に拘束され、左右から兵士に囲まれて処刑台へ向かって歩く。
「お嬢様っ」
貴族たちの群れの中から声がした。
見れば、さっきまでラッシュが座っていた椅子の横にはヒルドがいた。
彼女も拘束され、兵士に見張られている。
あんなところにいるのか。
あれは少し助け出すのが厄介かもしれないな。
そんなことを考えると同時に、俺は先ほど覚えた違和感の正体に気づいた。
貴族たちが誰もハピネの方を見ていない。
今日の宴会は彼女のために開かれ、これから彼女は処刑されようというのに、誰も彼女に注目していないのだ。
貴族たちは挨拶をしたり、俺にはよく分からない領地や役職の話をするのに忙しい。
こいつらにとっては、ハピネの人生の終焉は、社交パーティかなにかと大差ないってことか。
誰もハピネの死が『高潔』だなんて思っていない。
キューブリア家の繁栄の礎とやらにされる彼女を、記憶に止めようとすらしていない。
小さいころから死の運命を押しつけられ、ずっと孤独に生き続けて、そして殺されようとしている少女に、誰もなんの感情も向けていない。
ハピネは。
そんな現実を見たくないというように、ずっと地面を見つめたまま歩いていく。
さっきから呼びかけているヒルドの声も聞こえていないようだった。
まるで、自分は生まれてから死ぬまでずっと一人だったというように。
それが当然だったと、だから自分は辛くないのだと、そう自分に言い聞かせるように。
ハピネは、歩いていく。
……なるほどな。
よくわかった。
よーーーーーくわかったぜ。
ここにいる魔族がどいつもこいつも揃いも揃ってクソ野郎ばっかりだってことがな。
むしろありがたい。
暴れるのに遠慮がいらない。
俺は息を吸う。
そして彼女の名を叫んだ。
「ハピネ!」
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