昨夜。
「……ごめんなさい」
オークの姿のまま腕を組んで立つ俺の前で、正座するハピネは蚊の鳴くような声でそう言った。
「きこえねえなぁ」
「っ……」
俺がわざと意地悪くそう言ってやると、ハピネは悔しそうにうめいた。
「どうしたぁ? 反省したってのは嘘だったのか? また俺を騙すのか? 隙をついて逃げるつもりなのか?」
「ち、違っ……!」
「じゃあ誠意を見せてみろよ」
「うう……」
ハピネはゆっくりと頭を下げ、はっきりと告げる。
「ごめんなさい! 私は嘘をついてぶー太を奴隷にしてました! 私は隷属魔法なんて使えない、ヘボヘボのゴミゴミの弱っちいメスガキです!」
「……いいだろう」
そこまで言えって言った覚えはないんだけど、これまでの恨みつらみがあるので、まあ悪い気分じゃない。
「こ、これでいいの?」
「ああ。とりあえずはな」
「じゃ、じゃあ着替えていい?」
「ああ、好きにしろ」
ほっとした顔で立ち上がるハピネ。
心配そうな表情のヒルドが、手に持っていた着替えを差し出す。
お漏らししたままの服で謝らせたのは、半分が嫌がらせ、半分は勢いだ。
まあ、あと、雰囲気がリセットされる前に逆転した立場を自覚させたかったというのもある。
ここは魔族領で、相手は魔族のご令嬢。恐ろしいオークの姿になったとはいえ、たった一人の人間である俺に、いつ反撃されるかもわからないからな。
「あ、あの……」
弱々しい声で話しかけてくるハピネ。
「なんだ?」
「こ、ここで着替えたほうがいい? 見たい、のかしら?」
「好きなところに隠れてさっさと着替えろ!」
俺が吠えるようにそう言うと、ハピネはすごい勢いで棚の陰に逃げていった。
誰がお前みたいな小娘の裸を見たいかってんだ。
着替えたハピネが姿を見せる。
これまでとまったく同じなのに、その態度はまるで別人だ。
おどおどビクビクして、俺の顔色を窺っている。
なんだ、俺は今までこんなやつに豚扱いされてたのか?
「あ、あの」
おずおずとハピネが話しかけてくる。
「なんだ」
「ひっ……」
答えただけで身を縮こまらせるハピネ。
自分の立場を自覚したのは感心だが、いちいちやりづらいな……。
「そ、そのっ。ぶー太はこれからどうするの?」
「そうだなぁ……」
考えてみれば、モーフジェムの力でオーク化してハピネに復讐を果たして……その後どうするかなんて考えてなかったな。
「こんな姿になっちまう化け物なんて人間の土地に戻っても居場所なんてないだろうし……オークの力で魔族を手当たり次第に殺して回ろうかな」
ぐい、と握り締めた拳を見せつけるようにしてそう言うと、ハピネは『ヒィ!』と悲鳴をあげた。
もちろん本気じゃない。
今のはハピネへの嫌がらせだ。お前が面白半分に埋め込んだジェムのおかげでたくさん仲間が死ぬぞ、っていうな。
「待って! 考え直して、ぶー太! そんなことしてもいいことなんてないわよ!」
「それはどうかな。俺にはもうそれくらいしか生きる希望が残っていないんだ」
ハピネの必死な様子が面白かったので、俺は付き合ってみる。
オークになった自分に絶望し、自暴自棄になっている人間を演じてみた。
実際にはそれほど絶望はしていない。
これからの目標がないってのは事実だけどな。
「そそそ、そんなことないわ! こんなたくましい立派な姿になって! きっと街にいったらモテモテよ」
「ふぅん、そうか」
「そそ、そうよ! みんながほっとかないわ!」
「へえ。じゃあお前だったら付き合うか? 例えばこんな男が婚約者として現れたらどうする?」
「ぎゃーーーーーーーー!」
そう言って俺が一歩ハピネに近寄ると、ハピネは悲鳴を上げて壁際に逃げた。またおしっこ漏らしそうな勢いだ。
「…………」
「…………」
「……わ、わあ、こんな人が私の旦那様になるなんてシアワセダナー」
「おせえよ!」
完全に生理的に拒絶してるじゃねえか。
「やっぱり皆殺しだな」
「まま、待って!」
しつけえなあ。
ハピネは必死な様子で言ってくる。
「ち、違うの。あるのよ。モーフジェムを取り出す方法が」
「お嬢様! いけません、それは――」
それまで黙って部屋の隅にいたヒルドが慌てた様子で小娘の言葉を遮る。
この慌てようは……芝居じゃなさそうだな。
「いいのよ、ヒルド」
ハピネが首を振ってそう言うと、メイドは引き下がった。
「どういうことだ? 俺の身体は元に戻るのか」
俺の問いにハピネは首を何度も縦に振る。
「わ、私のお兄様の屋敷に保管されているアンチジェム――ジェムの結晶を破壊して効力を無効化できるそれを使えば……」
そんなわけで、俺は今ハピネとヒルドの二人を連れて、ハピネの兄であるラッシュの屋敷へと向かっているのだった。
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