魔族令嬢の奴隷にされたけど、面白半分に付与された外れスキル【豚化】を活用して反逆します

三門鉄狼
三門鉄狼

魔族の追手から逃走中です

公開日時: 2020年9月25日(金) 20:03
文字数:1,500

「ぷはぁ!」


俺は必死に堀を進んで水面から顔を出した。


なにしろ両腕が手錠で拘束されたままなのでまともに泳げない。

堀がそれほど深くなかったのが救いだ。


「くそ……あのメイド、無茶しやがって」


悪態をつくが、俺の内心はそれどころじゃなかった。


ヒルドが最後に言った言葉が頭から離れない。


ハピネが――兄のラッシュに殺されることになっている?


どういうことだ……。


「おい、逃げたやつはどこに行った!」


城門からラッシュの城の兵士たちがわらわらと姿を現す。

俺は慌ててその場を離れた。


走って城から少しでも離れる。


兵士に見つかりそうになったら身を隠し、ついでに手錠を外せる鍵を鍵束から探す。

兵士がいなくなったらまた走る。


そんなことを繰り返しているうちに、麓の街まで戻ってきた。


手錠は運よく途中で外すことができた。


けど、こんなところに来たからってどうなるんだ?


俺は人間種で、ここは魔族領のど真ん中。

誰に頼んだところで助けてくれるやつなんかいない。


ひたすら歩いて、魔族領の外まで逃げられるだろうか。


そもそもそんなことをしてなんになる?


ハピネは……俺が逃げることを望んでいたという。


それが最後の願いだと。


最後? 最後ってなんだよ。


なんであいつは兄に殺されるんだ?


くそっ、俺のことを奴隷として買って、豚にしたクソガキだぞ。


そんな奴のことなんて構わず。人間の土地まで逃げればいいじゃねえか。


けど……まるでハピネのいるあの城に引っ張られてでもいるみたいに、俺の足取りはだんだん重くなっていく。


ダメだダメだ。

これはきっと腹が減ってるんだ。

それで動きが鈍くなってるだけ。

魔族の小娘のことなんか構うな。


「……ん?」


とりあえずどこかで食べ物を盗むか、なんて考えながら歩いていると、道端に見覚えのあるものが落ちていた。


俺が頭に巻いていたフード代わりの黒布だ。


見れば、そこは城に行く前にとった宿屋だった。

黒布は、ラッシュに連れていかれるときに落ちたらしい。


どこに行くにしても顔を隠すものはあったほうがいい。俺はそれを拾う。


そしてそれを頭にかぶったところで声をかけられた。


「おい、お前」


「っ……!」


とっさに身構えながら見れば、宿屋の主人が玄関から顔を出していた。


マズい、顔を見られたか?


「お前、ハピネ様と一緒にいた使用人か?」


「……あんた、彼女を知ってたのか」


この街の人間は誰もハピネに気づいていなかった。


彼女もこの街にはほとんど来たことがないと言っていた。


宿屋の主人は頷くと、


「ああ、昔、お会いしたことが――お前、人間種だったのか」


主人は言葉の途中で驚きの声を上げる。

くそ、バレたか。


俺はその場を走り去ろうとする――が、タイミングの悪いことに、兵士たちが姿を表した。

こんなところでもたもたしている場合じゃなかった。また捕まってしまう。


「おい、こっちに来い!」


「え?」


逃げ場をなくして身動きが取れなくなっている俺を、主人が腕を掴んで宿屋の中に引きずり込む。


「え、なんで?」


「いいから奥に引っ込んで、黙ってろ」


主人は俺をカウンターの裏に突き飛ばす。


俺が隠れるとほぼ同時に、宿屋に兵士たちが入ってきた。


「こんな夜更けに何事です?」


「城から人間が逃げ出した。怪しい者を見かけていないか?」


「人間が! いえ、知りませんね」


「そうか。見つけたらすぐ知らせろ」


「承知しました。お勤めご苦労様でございます」


兵士たちは入ってきたとき同様、騒がしく出ていった。

鎧のガチャガチャいう音がだんだん小さくなる。


「おい、もう出てきていいぞ」


「……助かった」


「ふん、人間に礼を言われる日が来るとはな」


宿屋の主人は小さく鼻を鳴らした。


俺だって、魔族に礼を言う日が来るとは思わなかったよ。

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