「ここかぁ!」
オークの発音しづらい口でそう叫びながら、俺は扉を蹴破った。
中から物音がしたのだ。
「きゃっ!?」
思ったとおり部屋の中にはハピネがいた。
これまで、ハピネに命じられるまま屋敷中を駆け回ってきたが、ここは初めて見る部屋だった。
まだ家具があまりなくてガランとした部屋。
そこでハピネはカーテンを選んでいた。
今の部屋が飽きたから新しい部屋を用意でもしていたんだろう。
まったく貴族のご令嬢ってのは贅沢三昧だなクソが。
そのクソお嬢様は、突然現れた俺の姿に固まっている。
目の前の光景が夢かなにかと思ってるみたいにポカンとしていた。
「え、ヒルド……? なに、そいつ?」
「は、は、は。わかんねえか?」
「え、その声……?」
口を閉じるのを忘れた間抜けな顔でそう呟く小娘。
いいね、いいね。そういう顔が見たいんだ。
「そうだよ、おれだ、ぶーただよ」
俺の口から『ぐぶふふ』と下品な笑い声が漏れる。
もっと普通に笑うつもりだったんだが、今の俺はオークだから仕方ない。
それに、ハピネに対して恐怖を与えるにはこのほうがよかったみたいだ。
「ひっ……な、なんで、そんな姿……だってそれ、オーク……」
「そうだ。おーくだよ。お前に与えられたモーフジェムの力で、俺はこんな姿になってしまったんだ」
「そんな……っ」
目を見開く小娘。
俺はヒルドを突き飛ばすように離すと、ハピネに歩み寄る。
ドスンドスンと、わざと足音を派手に立てて、相手を脅すように近づいていく。
「や、な、なに、をする気、ぶー太?」
「ああ? 決まってんだろ?」
ぶんっ! と俺は両腕を振り回す。
右手が棚をひしゃげさせ、左手が天井から下がったシャンデリアを破壊した。
残骸が俺とハピネの間の地面に散らばる。
俺は構わずそれを踏みしめながらハピネに近寄っていく。
「お前に復讐するんだよ」
こんなふうにな、というふうに、俺はめちゃくちゃになった棚を指差した。
ハピネは青い顔をして一歩二歩と後退る。
その背中が壁にぶつかって、小娘は逃げ場がなくなる。
「いや、待って……ぶー太」
フルフルと首を振る小娘。
「と、とまりなさいっ。れ、隷属魔法のことを忘れたの? それ以上近づくと、呪文を発動するわよ。忘れたの、あの骨のこと?」
俺は足を止める。
もちろん忘れたわけじゃない。腹に描かれた呪文のことも、白骨死体のことも。
本当はそのこともちゃんと確かめてから復讐を実行したかった。
けど、こうなってしまったらもう仕方ない。
「発動したければしろよ。けど、骨になるより早く、俺はお前の頭を潰してやるぜ。前にお前の足を舐めて食わされたジャムみたいにな」
「ひっ……!」
睨み付ける俺が本気だとわかったのか、ハピネはガタガタと震え始める。
歯をガチガチ鳴らし、目から涙を零す。
がくっと膝を地面について、フルフルと首を横にふる。
「待って、ぶー太、待って……」
遅えんだよ、クソ魔族が。
「うおおおおおおおおおお!」
俺は咆哮を上げ、一気に踏み込んだ。
拳を振り上げ、目の前の小娘に叩きつけるべく振り下ろす。
一瞬、迷いが生じた。
――目の前にいるのは、たかだか十歳の少女だ。
――俺の村を襲って、みんなを殺した魔族とは別のやつだ。
――暴力に任せて殺してしまっていいのか?
その一瞬がいけなかった。
「待ってくださいっ!」
ヒルドが叫んで俺の脚にしがみついてきた。
その勢いに、俺の身体は傾く。
手が止まってしまう。
「くそっ」
もう間に合わない。
ハピネが隷属魔法を発動する時間は充分だ。
俺は届かないとわかっていながら、腕を振り下ろした。
「ぎゃーーーーーーー!」
ズドン! と俺の拳は、尻餅をついてジタバタと暴れて逃げようとしたハピネの脚と脚の間に落ちた。
「あっ、ひゃ、ひ……」
間抜けな声を上げながら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、そのままガックリと気絶する小娘。
なんかあったかい感触がして床に叩きつけた拳を見ると、小娘の股間からチョロチョロ漏れた液体が広がっていた。
うわ汚ったね!
俺は慌てて拳を引く。
「おじょう、お嬢様は!」
と相変わらず俺の脚にしがみついたままのヒルドが叫んでくる。
「あなたを殺す気などありませんでした!」
は? なんだって?
「お嬢様は隷属魔法など使えないんです。この年齢の魔族は、どんなに魔力が高くても、そもそもまだ魔法を発動できません。ですから……」
「……どういう、ことだ。じゃああのときのはなんだったんだ」
小娘に腹を指でなぞられたときの熱い感触は?
それにあの白骨死体は?
「呪文を描かなくても、魔力を送り込むと熱を感じるものです。それにあの骨は、森に出たのを退治した魔物の骨です。人の骨ではありません」
「…………」
マジかよ。
いや、まだこのメイドが、自分と主が助かるために嘘をついている可能性はある。
けど……俺が殺すつもりで拳を振り上げて、ヒルドが隙をつくったにもかかわらず、ハピネが隷属魔法を発動しなかったのも事実だ。
それに……。
「ひっ、ふ、ふー太、ひゃ、ひゃめへぇ……」
泡ふいてひっくり返っているこの小娘の姿を見てたら、殺してやろうなんて気はすっかり失せてしまった。
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