「すげえ……」
立ち並ぶ建物を見上げて思わずそう呟いた俺は、被っていたフードがずり落ちそうになって慌てて頭を下ろす。
危ねえ……。こんなところで人間だとバレたらえらいことになる。
通りを歩く魔族の中には、フードや仮面のようなもので顔の一部を隠した者もおり、俺の格好も違和感はなかった。
いや、しかしそれにしても、なんだこの街。
石造りの大きな建物がこんなにたくさんあるなんて。
「……魔族の街ってのは、どこもこんななのか?」
「ええ、そうよ。お兄様みたいな領主の居城の周りには、たいていこれくらいの規模の街があるわ」
ハピネが言ってくる。
「王都はもっとすごいわよ」
なんでお前が自慢げなんだ。
しかし、自慢したくなるのもわかる偉容ではあった。
俺が住んでいた地域の領主の屋敷の周りには、でっかい厩舎と大きめの農家が三軒と粉挽き風車があったくらいだもんな。
人間族の一番大きな街だって、ここまで立派じゃないだろう。
「そういえば、街の奴らは誰もお前に気づかないな。領主の妹だってのに」
「私は……ここにはほとんど来たことがないから」
「そうなのか」
徒歩だと一昼夜かかるが、馬車を使えば数時間だろう。
頻繁に行き来していると思ったのだが、魔族の兄妹――あるいは貴族の兄妹というのはそういうものなのだろうか。
俺たちが歩いているのはメインストリートらしい。
周りには店が立ち並び、威勢のいい声が自分の売る商品を高らかに宣伝している。
そして、その道を真っ直ぐ見やった先に、小高い丘の上に立つ城があった。
「あれが、お前の兄貴の城か」
「ええ……」
あそこに、俺の呪いを解くアンチジェムがあるのか。
ハピネが訊いてくる。
「どうするの? 直接城に向かう?」
「いや……」
俺は考える。
城に乗り込むのは危険が大きすぎる。
ハピネやヒルドは反抗する様子はないが、彼女の兄もそうだとは限らない。
「どこかに宿を取る。そこから手紙で兄貴を呼び出すんだ」
○
「あーやわらかいー……落ち着く」
宿の部屋に入るなり、ハピネはベッドに飛び乗ってゴロゴロしだす。
「おい、休んでる場合じゃないぞ。さっさと兄貴への手紙を書け」
「えー、いいでしょちょっとくらい。ね、ぶー太」
「てめえ……」
すっかり気が緩んでやがる。
自分の立場を忘れてるんじゃねえだろうな。
「そんなにまたおしっこちびりたいのか」
「ひっ……ごめんなさいごめんなさい今書きますすぐ書きます」
俺が脅しをかけると、飛び起きて机に向かう小娘。
まったく……。
街の外れの目立たない場所にある宿だった。
ベッドが二つある部屋と一つある部屋の続き部屋をとった。
宿の主人は俺たちを、どこぞの領主の娘かなにかと、その従者二人と思ったようだ。
まあ順当なところだろう。
「な、なんて書けばいいの?」
訊いてくるハピネに俺は考えながら言う。
「アンチジェムが必要なので、この宿に持ってきてほしい。時間は、そうだな……夜半課の鐘が鳴る時刻だ。余計なことは書くなよ」
「夜半課?」
首を傾げるハピネ。
そうだった。魔族領には教会がないんだった。
「……だいたい、街の人間も寝静まるくらいの時間だ。なんか目安があるだろ」
「うーん、じゃあ、夜十時くらい?」
「そうしろ」
うなずき、ハピネは紙に文字を書き連ねていく。
「これでいい?」
と見せられても、書かれているのは魔族の文字なので俺には読めない。
……仕方ない。
昨日の夜の彼女の態度を信用するとしよう。
俺が頷くと、ハピネは最後にサインをして、封をした。
ヒルドと共に主人のところへ行き、城に届けるよう頼んだ。
主人はすぐさま呼んだ使いの馬車が、手紙を持って城へ向かう。
これでいい。
あとは夜を待つだけだ。
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