ラッシュの屋敷は、山の中を通る街道を抜けて一昼夜といったところだそうだ。
山の中で一晩野宿することになるが、俺はべつに構わない。
甘かやされて育ったお嬢様には厳しいかもしれないが、自業自得ってやつだ、我慢してもらおう。
面白半分に人間を奴隷にしたり、豚化させたりなんかしなければ、こんな目に遭わなかったんだぜ?
「ひっ……ひっ……はっ……」
しかし……農村育ちの俺は、甘やかされて育ったお嬢様の体力のなさを舐めていたかもしれない。
ちょっと歩いただけで、ハピネは息を切らし、足取りがどんどん重くなる。
ヒルドの方はなんともないので、魔族がみんな体力なしということじゃないだろう。
「おい、ちゃんと歩け」
「むちゃ……言わないでよ……っ」
「…………」
無言で睨み付ける俺。
「あ、や、ごめんなさいっ! でも、こんな険しい道歩くのなんて、初めてなの……っ」
慌てて口調を改めるハピネ。
しかしつらいのは事実のようだ。
ったくよー、屋敷ではあんなに騒がしく元気に走り回ってたじゃねえか――違うな。走り回ってたのは豚化させられた俺だな。
しかし困った。
街道で馬車を拾えば楽なんだろうが、目的地に近くまで、なるべくほかの魔族との接触は避けたい。
……仕方ねえな。
「うおおおおおおおおおっ!」
俺は咆哮をあげてオークに変身する。
その姿を見たとたん悲鳴をあげて四つん這いで俺から逃げていくハピネ。
「ぎゃああああああああ! ごめ、ごめんなさい! 歩きます、歩きますからっ!」
その反応は見ていて溜飲が下がるが、また漏らされても困る。
俺はだいぶ慣れてきた発声で告げた。
「落ち着け、なにもしねえ」
「…………ほんと?」
「ああ」
うなずきつつ歩み寄って、俺はハピネを抱え上げる。
「お嬢様!」
ヒルドが悲鳴を上げる。
ハピネもジタバタと暴れながら、
「ひっ、だ、だました! お、オークの欲望が爆発したのね? 服を引き裂いて、私をめちゃくちゃにするつもりなんでしょ! ここまで連れてきたのは人知れずその痕跡を消すため!」
「ちげえよ……」
「いやー! オークにおかされるのいやー!」
「違えっつってんだろ!」
なに想像してるんだこのマセガキが。
俺はやかましいお嬢様をそのまま肩の上にのせた。
肩車、ともちょっと違うな。
体格差がありすぎるので、ハピネを俺の右肩に座らせた格好だ。
村で動物好きの爺さんの肩にリスがこんなふうに座ってたな。
「おら、これなら歩かなくていいだろうが」
「ぶー太……」
「さっさと案内しろ」
俺の言葉にハピネはこくんとうなずいた。
そうそう、初めからそうやって素直にしてりゃいいんだ。
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