「おい」
城内をうろついていると、兵士に呼び止められた。
「へ、へい」
俺は振り返り返事をする。
「料理人がこんなところでなにをしている」
「すいやせん。実は……」
俺はコック帽で顔を隠しながら、考えておいた言い訳を告げる。
「明日の宴会で使う食材の鶏が逃げ出しまして、手分けして探しているところでございやす」
「なにをやっているんだ、ばか」
「へえ、申し訳ございやせん」
へりくだって頭を下げる。
しかし全然気づかれないな。
そう、俺はさっき豚化して気絶させた料理人の服を奪い取ったのだ。
魔族の城を探るなら、魔族のフリをしてしまえばいいってわけ。
我ながらいい考えだ。
「そ、それじゃ急ぎますんで」
俺は頭をさげると、その場を立ち去ろうとした。
「待て」
兵士が呼び止めてくる。
「お前、どうして顔を隠している」
「へ、へい。それはその」
「ちょっと顔を見せてみろ」
「……わかりやした」
俺は覚悟を決めてコック帽をあげ、顔の一部を見せる。
「うっ」
思わず呻き声を上げる兵士。
そこには、黒い肌がべっとりと血で汚れた頬があるのだった。
「申し訳ございやせん。さっき豚をやったときに血が飛んだのがそのままでやして。お見苦しいと思い隠しておりやした」
「も、もういい。さっさといけ!」
「へい。失礼いたしやす」
俺はそそくさと立ち去る。鶏を探しているフリも忘れない。
実は料理人に化けた後調理場に立ち寄ったのだ。
黒い肌は炭、血は鶏のものだ。
念のため塗りたくっておいてよかったぜ。
その後も何度か遭遇した兵士に同じ言い訳をしながら、俺は城内を進んでいく。
やがて、それまでより内装の豪華なエリアに入った。
毛足の長い絨毯が敷かれ、周りには調度品が並んでいる。
この辺りに城主であるラッシュがいるはずだ。
ハピネも一緒にいるだろうか?
「おい、なにをしている」
キョロキョロしていると、また兵士に声をかけられた。
「へい、実は――」
もう言い慣れてきた言い訳をすらすら口にする。
しかし今度はさっきまでと同じとはいかなかった。
「ここは本丸だぞ。どんな事情があるにしろ、ラッシュ様の許可なく立ち入ることは許されない」
げ、そうだったのか。
「す、すいやせん。うっかりしてて……すぐ出ていきやす」
「待てっ」
逃げるように立ち去ろうとする俺に、問答無用で槍を突き出してくる兵士。
うわ、危ねえな!
俺はとっさに避けたが、槍はコック帽を貫いた。顔がさらされてしまう。
全体を見られれば炭と血の偽装は簡単に見ぬかれるし、なにより俺の頭には魔族特有の角がない。
「貴様! 脱走したという人間かっ」
「くそっ!」
俺は全力で逃げて廊下の角を曲がる。
そこで豚化して、壺を飾ってある台の下の隙間に隠れた。
「逃げ足が速いな。どこに行ったっ」
兵士はそのまま廊下を通り過ぎていった。
ふー……豚化してもサイズはそれほど変わらないけど、体型が全然違うからな。
まさかこんなところにいるとは思わなかったんだろう。
いざとなったらオーク化して兵士をぶっ倒すって手もあるだろうが、できれば騒ぎは起こしたくない。
さて……さっきの兵士がほかの奴らに伝えて、捜索の手が厳しくなる前にハピネを見つけないと。
「まったく、バカなやつだな、お前は」
ふと、俺の耳に声が飛び込んできた。
一瞬、俺に話しかけてきたのかとびっくりしたが、違うようだ。
声は、近くの扉の向こうから聞こえてきた。
俺は人に戻ると、そちらへ向かう。
扉は半開きで、中の様子が窺える。
そっと覗き見ると、そこにはラッシュとハピネの姿があった。
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