オークと化した身で扉を破壊する勢いで部屋に飛び込む。
「な、なんだ!?」
「ば、化物!」
俺の姿に驚いて動けないでいる兵士二人を殴りつける。
手加減はした。死んじゃいないだろう。
「ぶー太!」
「早く逃げるぞ」
俺はハピネの手を握り、窓から逃げ出そうとする。
しかし、
「そこまでだ」
いつの間にか開いていた続き部屋の扉からラッシュがふたたび姿を表していた。
槍を持った兵士たちのおまけつき。
しかも兵士の一人はヒルドを人質にとっていた。
ラッシュが言ってくる。
「驚いたな。ただの豚化ジェムだと聞いていたが、そんな化物にも変身できるのか」
「お前……俺がいるのに気づいてたのか?」
「ああ。私は警戒心が強いのでね」
ラッシュが顎で兵士たちに指示する。
俺はとっさに抵抗しようとするが、あっという間に槍兵に取り囲まれてしまう。
大暴れすればなんとかなるかもしれない。
だが、ハピネを守り切れる自信がないし、ヒルドまで助けるのは無理だ。
「なにしてるの! 逃げて、ぶー太!」
動きを止めた俺に、ハピネが悲痛な声で言ってくる。
いやいや、無茶言うなよ。
俺がなんのためにここまで来たと思ってるんだ。
「おい、あの檻を持ってこい。手錠じゃこの化物レベルのモーフジェムには心許ない」
ラッシュが指示を出す。
なんだ、俺はまた檻に入れられるのか。
「まったく、バカな人間種だ。せっかく逃されたのだから、そのままどこかに行ってしまえばいいものを」
「…………」
俺はオークから人間に戻ってラッシュを睨む。
「それともなにか? 飼ってくれたご主人様に感謝の情でも湧いたのか?」
「あんたは、兄貴なのに……ハピネがなにを考えているのかも知らないのかよ」
「はぁ?」
俺の言葉に、ラッシュは眉を持ち上げて珍妙な顔をする。
まるで、ワンとしか返事しない犬に話しかけていたら、突然通じる言葉を発してきたみたいな顔だ。
「なにを言っている? こいつの考えていることなど、兄の私が一番よく知っているさ。父上に命じられて、ずっと監視役を仰せつかってきたのだからな」
こいつは! とラッシュは拘束されたハピネを指差す。
「どうしようもなく愚昧な娘だ。わがままで、気まぐれで、どんなものでも欲しがり、かと思えばすぐに飽きる。ものの価値というものを知らず、見かけやその場の雰囲気に騙される。貴様のような人間種を助けたいなどと思うのがその証拠だ」
「違う!」
俺はラッシュの言葉を遮る。
そうじゃない。
こいつはなにもわかってない。
俺も初めはそう思っていた。
わがままで気まぐれで、生意気なクソガキだと。
でもそれは他に人との接し方を知らなかったからだ。
それは彼女自身の罪じゃないだろ。
むしろ、彼女をそうなるような状況に落としたお前らの罪だろ。
「ハピネは……ハピネはなぁ!」
そのことを、俺が口にしようとしたときだ。
「黙りなさい、ぶー太!」
ピシャリとハピネが言い放った。
見れば、不機嫌そうに眉根を寄せて、俺を睨むお嬢様がいる。
「豚奴隷のくせに、なに勝手に私の名前を呼んでるの?」
ハピネ?
「せっかくお情けで逃してあげたのに、なんでわざわざ戻ってきたのよ。私が喜ぶとでも思ったの? バカじゃないの? ご主人の意向に従わない奴隷なんかいらないわよ。あんたなんかクビよ! バカバカ! ぶー太のバカ!」
「お嬢様……」
俺にひたすら罵詈雑言をぶつけてくるハピネに、ヒルドはポツリと呟く。
「はっはっはっは!」
ハピネの叫びを聞いて、盛大に笑い出すラッシュ。
「やはり愚か者だなハピネ。自分に忠義を尽くす奴隷にわざわざ真実を告げるとはな。奴隷の扱い方というのは、殺す前の豚と同じなんだよ。表向き優しく接して、自分が実際にはどんな目的で飼われているのかを、絶対に悟らせないことだ」
真実?
なに言ってるんだあんたは。
あんたの目は節穴か?
こんな下手クソな、バレバレの芝居があるか?
ハピネは、まだ俺を逃がそうとしている。
俺がまた戻ってきたりしないように、自分に愛想を尽かせようとして、わざと俺を罵っている。
そうじゃなきゃ、クソ生意気なご令嬢の表情をしてるハピネが、目の端に涙なんか浮かべるわけがねえ。
ラッシュが命じていた檻が運ばれてきた。
俺はその中に押し込まれる。
「その檻もアンチジェムを混ぜた金属で作られている。豚にもオークにも変身できなかろう」
ああ、そうみたいだな、くそっ。
兵士たちが檻を担ぎ、俺を連れていく。
「ハピネ!」
いつの間にか背を向けてしまったお嬢様に俺は叫ぶ。
「聞かせろよ。お前が本当に願ってることはなんだ?」
答えは返ってこなかった。
○
兵士たちに運ばれた俺は、ふたたび地下牢に放り込まれた。
檻に入れられたままで、だ。
俺イン檻イン地下牢という状態。
アンチジェムの効力でオークにはなれそうもない。
今度はヒルドも拘束されてしまっている。助けは来ないだろう。
もう脱出する機会は失われてしまった。
明日にはハピネは処刑されてしまう。
そのあと俺はどうなる?
餓死するまでここに閉じ込められるのか、ハピネと一緒に処刑されるのか。
それともまた奴隷としてどこかに売られるのか。
……もちろんそんな未来を受け入れるつもりは俺にはない。
危険だが、この檻を破る方法はある。
それになにより、今の俺には確信がある。
ハピネ。
お前はきっと――全てを受け入れてなんかいないんだろう?
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