「それって、美優希は知ってるの?」
いの一番に心配をしたのは輝である。
「もちろん知ってるよ」
美優希と話をしなくなった。近況報告をしなくなったと言うだけの話で、言いたいことは今でも言いたい放題に言い合ってはいる。
アジア大会はインド、美優希がチート対策室に行っている為、ホテルのチーム部屋には三人とその子供しかいない。旦那たちは仕事でおらず、雄太は恵美が預かっている。
「智香ちゃんをクリスの後釜にねぇ、性格的には荷が重くない?」
「完全な後釜じゃないよ?FPS課の技術コーチは恵美ちゃん、戦術コーチは智香ちゃんって感じ」
「あー、そう言う」
「そうだよ。私は秘書課のリモートワーカーになるから、それまでにFPS課コーチの後身を育てておけ、って社長に言われてるの」
クリステルはその能力と残した結果から、会社にしてみると我儘を通すように見えてしまう。なので、一義自身は何とも思っていないが、他の社員の不興を買わないようにする為だ。
「それと、智香ちゃんは大会終わった後から、取材対応してる暇ないよ」
「そんなにやることあるの?」
「違う。来年からFPS課の二軍入りするジュニアの特別強化選手、来年から大会タイトルに入るR5S:CRが対象タイトルになるから、コーチとしてその研究を私とやらないといけない」
R5S:CRはR5Sの後継タイトルで五対五のチーム戦であること自体は変わっていない。前作の反省から、こちらもチート対策をサーバーにも導入して耐性を上げている。
キャラクター毎に特徴があり、引継ぎとなったキャラクターもいれば、新実装のキャラクターもおり、IPEXからSFを抜いた、一パーティー対一パーティーのサバイバルゲームと言ったところだ。
現代のテロリスト制圧訓練と言う設定で、全滅、若しくは人質の救出、爆弾の解除で勝敗を決定するところも変わっていない。
しかし、プラスアルファの新たなルールが加わっているので、戦術戦略に変更を入れる必要があり、大会のノウハウもない。
「学業もあってそれは、まぁ、対応できないよねぇ」
「立導大のフォローはないの?」
「あるけど、取材対応で休むなら所属チームの代表から申請がいる。プロ用コースが三つ用意されてて、全部前期が楽で後期は詰まってるね。必要なさそうだけど、智香ちゃんは結果を残してるから、補講は最優先で受けられるし」
「美優希らしいなぁ」
光が行った東京造成大学と、野々華が行った拓植大学は、取材の際に大学の宣伝と、取材に教授が立ち会う事を条件にして、取材の休みを取る事ができる。
「ただいまー」
「「「おかえりー」」」
恵美たちの部屋に寄ったのであろう、雄太を抱っこして戻ってきた美優希、雄太を降ろすと早速久美と真理香と遊びだした。真哉野と紗哉野は野々華の腕の中で眠っている。
「そう言えばさ、先週、信也さんずいぶん上機嫌だったけど、何かあったの?」
「ああ、納車があったんだ。ランボルギーヌのアベンタドーラ。SCARSのTais選手のお父さんがね、ヴォルクスワーゲングループの役員に知り合いがいるんだって。それで、口利きしてもらった。乗ってみたかったんだ。スーパーカーのオープン」
「アベンタドーラにロードスターモデルあったんだね」
「美優希は興味ない?」
「スーパーカー、そう、うん、右ハンドルなら検討したかもね」
今でもやるレースゲームで、美優希は左ハンドルの景色が嫌で嫌でしょうがなく、大会でタクシー移動が発生した場合、助手席には絶対に座らない。
「そんなこと言って、検討するだけでしょ?」
「まーね」
美優希からすると浮くのがそもそも嫌なのである。なので、買うところまではいかない。
因みに、社宅の駐車場に置いておいたところで浮きはしない。独身貴族な社員が結構おり、フルエアロのスポーツカーやスーパーカーが七台程並んでおり、管理人に至っては、アメリカンクラシックGTカーを置いている。
外車もかなり並んでいるので、新しい車を誰かが買ったんだ、ぐらいにしかならない。
「せっかくだし、愛車紹介する?」
「いいね。今度やろう」
配信企画を少しだけ話しながら、夜は更けていった。
今年も恵美がソロで優勝した翌日、美優希たちの決勝は一度もチャンピオンを取らずに優勝を決めた。
いかに上位に入り続けることが大事で難しいかを見せつける二日間になった。
そんな安定した強さへと完全に変貌した裏で、PSBGのデュオとカルテットは優勝を決めていた。八月に海外プレイヤーとPSBGカルテットのスクリムを組みまくった結果である。
エイムしか光っていなかった開幕リーグに比べ、恵美たちは世界中からマークされるほど、その戦績は苛烈で、全十試合中七回もドン勝、圧倒的勝利だった。これは、アジア勢にPSBGクイーンズのカルテットのデータがないに等しかったからでもある。
特にキーとなるのは智香だ。
智香の出す指示が、ソロで無類の強さを持つ恵美と、デュオで結果を残せる奈央と麻央を繋いでいる事は周知されているが、PSBGに置けるチームとしてのリーダーは恵美である為、智香に対するマークは甘い。
IPEXクイーンズは、昔からクリステルによる情報戦でも戦っており、これからPSBGクイーンズも情報戦に移行すると言う事でもある。
その先駆けとして、今年から智香の声は配信に乗らないので、出している指示が不明瞭になっており、解析が必要になっている。
実はジャストライフゲーミングの全チャンネルに共通して、基礎技術以外の解説動画が一切ない。更に、生配信で映った細かな技術の部分はカットされる。配信を行ってから数時間以内にマネージャーか本人に消される為、専門の人間がいないと収拾できない。
そして、戦術は常に更新し続ける。
今や、大会におけるメタの発信源はジャストライフゲーミングだ。これは一重に、クリステルを筆頭とした、ジュニアのコーチ陣が日夜研究を続けている成果である。
この秘密は今まで一切公開されなかった。
「ジュニアのコーチ陣は、コーチング以外の時間に、一体何をしているんでしょうかね」
試合後インタビューにて、美優希はわざとこんな発言をした。
無論、世界トップチームはこの言葉の裏にある秘密に気づいた。なぜらなら、コーチでなくても同じような解析、研究チームを置いているからである。
ここにコストを割けなければ、自分でやる羽目になり、練習などままならない。
そんなヒントを与えて翌月の世界大会はオーストラリア、決勝日程に入ってから、恵美が超絶技巧を見せつける。
スナイパーライフル最長キル、アサルトライフル最長キルの大会記録を更新し、試合中は会場がどよめき、実況が事実を伝えると歓声に包まれた。
ただ、アサルトライフルは幸運とも取れるほど、簡単な事ではない。
PSBGの全ての武器は、反動がランダム変化する上に、全シューティングゲームの中では稀に見るほど反動が強く設定され、制御が難しい。
また、使用する武器の発射レートが高めな上、使用弾薬の影響で実装武器の中では二番目に制御の難しい武器であり、胴体理論値三発で倒した為、超絶技巧となるのである。
それが運でない事を証明して見せ、全プロがその実力にお手上げとなった。
フルオート射撃も可能なマークスマンライフル、こちらは実装武器の中で最も制御が難しく、三百メートル先の敵をフルオート射撃、胴体理論値二発で倒して見せたのである。
PSBGソロに置いて、恵美は美優希たちに続く、絶対王者の資質があるとして、残り一戦を残した状態で優勝を決めると、世界中で注目を集めることになった。
「優勝おめでとうございます。圧倒的でしたね。ぶれないエイム、流石でした。秘訣はありますか?」
「個人で常に点を射抜く練習と線を射抜く練習しています。その成果がようやく出ました」
「点と線ですか。正に結んだんですね」
「はい!」
試合後インタビュー、インタビューワーの上手い返しに、恵美は満面の笑みで答えた。
翌日はPSBGデュオで奈央と麻央が見せつける。
双子の息の合った動きは予測が付き易く、世界では簡単に攻略されていた。それを逆手にとってテンポをずらし、安心した所を射抜く。その際もパーティーを一人にさせるだけに止めた。
これがよく効いた理由は、コンスタントにキルを稼ぎながら、他チームにキルを分配する事で、ポイントを分散させてつつ獲得ポイントを着実に伸ばし、最終局面に人数有利を引き当て安くして高順位を確保したことにある。
PSBGデュオはこれによって優勝を収め、この戦略にはどのチームも納得の唸りを上げた。
その翌日はPSBGカルテットとIPEXトリオの決勝となった。なお、PSBGデュオの裏では、IPEXデュオも開催され、こちらはSCARSが優勝を収めている。
智香という歯車が回すカルテットに、他選手たちがたじたじとなっている頃、美優希たちは奈央と麻央が見せた戦術を完全コピーして見せた。
更に、キャラクターピックアップを固定しない為、メタを貼られることはなく、最弱とまで言われたキャラクターでチャンピオンを取って見せた。その上、初動を被せてきたら容赦なく被せ返して殲滅し、心をへし折りにまで行った。
初動被せで落としてくるようにはなったが、仕返しに対する対策はまだできていない。戸は言え、落とされているので、ポイント状況はあまりよくない。
「一ポイント差、ワンキル差だって」
「泣いても笑っても、これで決まるね」
「気合、入れるよ」
「「うん」」
最終戦、初期のキャラクターピックアップで、美優希たちは奈央と麻央の戦術を駆使して試合に挑む。
人数有利とは斯くも強いか、そんな試合だった。
遠距離から美優希と輝の狙撃によって、一人、若しくは二人、確殺まで入れてから去って行く。やり合っているところに行くと、キルを横取りし、漁夫まで行う。
IPEXのスナイパーライフルは弱い、その常識を覆し、すべては使い方だと印象付けられた試合でもあった。
「やはり、強いですね。優勝おめでとうございます」
「「「ありがとうございます」」」
「スナイパーライフルで、コツを教えてもらえますか?」
「見えるんですから、一挙手一投足を見逃さないで、ダメージを予測する事ですね。漁夫を行うにしても、ダメージ予測ができなければ弾かれるだけでしょ?」
これには全選手が納得だった。そこまでできるからこそのIPEXクイーンズ、絶対王者である。
格闘ゲーム課は引退と言う事もあり、ソロ、団体ともに優勝、パズル課は世界ランキング一位に大手を掛ける優勝、MOBA課、モバイル課は二位へ上り詰めた。ジャストライフゲーミングは今年も最優秀チームを獲得、大会MVPは記録を更新した恵美が表彰された。
大会後パーティーで、恵美は注目の的に、その考え方や練習法を探ろうと人だかりになったのは言うまでもないだろう。
帰国後、東京拠点で取材を受け、会社では祝勝会代わりのクリスマスパーティー、春香と梨々華による合作のケーキが堂々と鎮座している。
子供質が目を輝かせ、おいしそうにケーキを頬張るのは、大人とて同じことだ。
そんな年末、美優希と梨々華には気がかりな点があった。
悲しいかな、日本選手権への出場が、デビュー戦以降ない為に、恵美は日本における注目度が低い傾向になってしまう。また、恵美自身の性格が生配信と合わず、奈央と麻央の為に少し前から英語を基本言語してしまったのも悪い。
ただ、マーケティングの観点から言えば、一概に悪い事だと言えない。英語を公用語として、或いは第二言語とする人間の方が圧倒的に多く、なんだかんだで、PSBGチームは稼ぎ頭でもある。
「美優希、PSBGは、もう海外向けに絞る?開幕リーグまでは様子見て、って話だけど」
「そうだね、いっそその方が清々しい気がする。まぁ、恵美も日本人だし、日本向けは切り抜きの翻訳動画くらいは載せておきたいかな」
「じゃ、公認切り抜き師に優秀な人いるから、交渉始めとこうか?」
「雇うってこと?」
「うん、リモートワークでね。いざ絞ったら止められるのが一番困るから」
それには美優希も同意である。
「向こうの都合もあるだろうから、一旦は話をするだけで。もし、会って話をする時は美優希も来てほしいんだけど、いい?」
「勿論。まだリモートだから無いとは思うけど、啓の都合が付かないなら、雄太はパパとママに預けるし、年度明けなら会社の保育所も始まるからね」
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