そして世界が終わっても

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rouF Love(らふらぶ)

第一章 勝と私

第1話

公開日時: 2021年2月1日(月) 19:34
文字数:1,574

 チュンチュン、鳥の鳴き声が聞こえる。

 時刻は午前8時56分。今日は日曜日なので、しょうの好きな特撮ヒーローの放送がある。とはいえ、新規撮影ではなく10年程前に放送していた作品の再放送である。

「勝、ワイドマン始まるよ。観ようね。」

 私の呼びかけに反応は無い。それもそのはず。勝は半年前、新種のウイルスに感染し、徐々におかしくなってきている状況だからである。


 3年前、とある国から新種のウイルスが蔓延して世界中を襲った。人々は最初こそウイルスを軽んじる態度であったが、感染したら治らない、治っても後遺症により一般的な生活を送れない、ワクチンは開発が困難であるという状況に危機感を覚え始めたのがつい1年前である。

 ウイルスに感染した者は、ある者は四肢が動かなくなり、徐々に腐っていく。ある者は言語野が崩壊し、言葉を話せなくなる。ある者は脳が流体となり、植物化し死ぬ。そして、感染した大半の者は脳が蝕まれ、狂っていく。

 私の息子、しょうは、次の4月で小学3年生となる8才。サッカーが大好きで、クラスのムードメーカーで、よく食べて、お笑いが大好きで、小さいくせに素早くて、いたずら好きで…こんな大きなベッドで一日中横になっているような子ではなかったはずなのに。

 半年前、世界中が危機感を覚え、地元の町がシャッター街になったある日、家でお笑い番組の録画を観ていた時、勝はいきなり自分の左足の親指を食い千切った。私はダイニングキッチンの方で洗い物をしており、勝を後ろから見ていたため気付くのに遅れた。いや、本来なら遅れないはずである。普通の人なら激痛を覚え、泣くか叫ぶかするはずだからだ。声一つ出さず、普段通りお笑い番組を熱心に観る息子に違和感を覚えるわけがないのである。ようやく洗い物が終わり、勝の隣に立った時にはソファはそこら中が鮮血色に染まっていた。

 病院に連れて行ってようやくわかった。なぜ指を噛み千切ったのか、なぜ何も声を発さなかったのか。それは息子が新種のウイルスに感染していたからだ。

 国の方針で未成人の感染者は優先的にウイルスの処置を施されることになっており、翔は診てもらった病院の一室に手早く運び込まれたのだった。

 その3時間後、勝に意識が戻った。急に叫び出したのである。

「ママ、ママ!足が痛いよ。うわぁぁッ!!」

 悲痛だった。あの叫び声を未だに忘れることができない。

 突然意識が戻り、千切れた親指の痛みを感じるようになったためだ。すぐにナースコールをし、部分麻酔をかけ、絶叫はおさまった。

 私はすぐ医師に呼びつけられ、診察室に一人で向かった。

「お母さん。わかってはいると思いますが、念のため。息子さんは新種のウイルスに感染しています。」

「はい。」

「息子さんは段々脳が蝕まれ、朽ちていっております。」

「はい。」

「しかし我々には為す術がございません。残酷なことを申し上げますが、このまま息子さんが亡くなっていくのを見守ることしかできません。」

「はい。」

 ここから先、医師がなんて言ったか、覚えていない。気がついたら息子のベッドの傍にある木の椅子に座っていた。

「ママ、大丈夫?」

 その声に意識を取り戻した。

「えっ?あぁ、大丈夫、だと思う。」

「ママ、泣かないで。」

「え?」

 かばんから小さな鏡を取り出して、見る。メイクはあり得ないほどに崩れ、目は赤く充血し、下瞼したまぶたがぷっくり膨れ上がっていた。

 気づかないうちに私はこの歳にもなって大号泣をしてしまっていたらしい。後になって看護婦さんが白湯を持って来た。先ほどの私を介抱し、この病室まで連れてきてくれたのだと言う。

「たくさん泣いたときは白湯がいいんですよ。」

 そう言ってマグカップを置き、仕事に戻って行った。

 窓の外は真っ暗で、時刻は午後10時をとうに過ぎていた。今日はもう寝よう、そう思い勝に子守唄を歌い、寝たのを見計らって私も病室で一夜を明かした。

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