「さて、こんなところで良いかしらね」
わざわざシャルルさんが俺を連れてきた場所は、昼間俺が、キアの天使膝枕を味わった林だった。
まさか、こんなところで。シャルルさん……。
いや、待てよ。昔聞いたことがあるぞ。
ある程度経験値を積んだお姉さんは、ノーマルな環境より禁忌とされる状況を欲すると…!!
それならば男ルークス。貴女の手のひらで転がされても構わない所存。
「隠遁重ね、ここに現出すべし黒き姿を示せ! 『暗黒魔導 闇猫!!』」
突然、シャルルさんの声が聞こえてきたと思えば、漆黒の炎を纏った三匹の猫が林の木々を最も簡単に薙ぎ倒していく。
木々が倒れる轟音と、目の前で起きている現象の処理が出来ず、硬く舗装されていない地面に思いっきり尻から倒れてしまった。
それを見たシャルルさんは、小鹿のように怯えている俺をもっと惨めな姿にしたかったのか、続けて詠唱した。
「生命の源。原始の理。双方等しく還りたまえ 『回復魔導 聖復』」
薙ぎ倒されたはずの木々が眩い光を発しながら、元々の状態へと独りでに修復されていく。
「フフフ。どーおー坊や? お姉さんちょっぴり魔導に関しては凄いのが分かってくれたかなー?」
そう言って自慢の胸部を地面と同化している俺の顔に近づけて、俺の評価を余裕の笑みを浮かべながら待っている。
「そうですね、シャルルさんの魔導レベルの高さがこれほどまでとは思ってませんでした。」
「私の力がある程度分かったかな」
「それと君はさっき、勇者がどうとか言っていたわね。」
心がまたキュッと締め上げられる感覚になった。
「あ、まぁ……でも無適性者の俺がなれるわけないですよ」
「ふーん、じゃ今から君を殺しても良いかな?」
満面の笑みを浮かべながら発した言葉は、その笑顔とは反比例して狂気に満ちているのをひしひしと感じた。
――「チュンチュン」と小鳥の合唱団の歌声と共に目を覚ます。
薄暗く、じめっとしたベッドがあるだけの部屋を、目を擦りながら見回すと、体の至る所が悲鳴をあげていた。
「いってて……」
2階にある部屋から体中の痛みに耐えながら一段一段確かめるように降りる。
「おはようルークス君、もうすぐ朝ご飯出来るから座って待ってて」と、まるで新婚夫婦のような会話をして、席に着いた。
端正な輪郭、彫りが良い塩梅で深く、切長な目を隠すメガネから通る鼻筋の元には薄い唇。
髪は首元まで伸びる黒髪を一つに縛り上げている。
「はい、お待たせ。昨日は何かと大変だったね」
「いえ、ルシアさんこそヴァイスさんに突然頼まれて、俺なんかの部屋を用意してもらって大変だったんじゃないですか?」
「ううん。お姉ちゃんは僕の命の恩人だからね。戦争で家族が亡くなって、身寄りのなかった僕を弟のように温かく育ててくれた大切な人なんだ」
……お姉ちゃん? とそこだけは引っかかったが、あの筋肉魔神が人並み外れた慈愛を持っているのは、この家に俺が住んでいる事が何よりの証拠だ。
そして、なぜか自分を“僕”と呼称しているのは、昨日ヴァイスさんの突然のお願いを快く受け入れてくれた、ルシアさん。
ご飯は美味しく、性格も穏やか。おまけに裁縫店を営んでいる彼女だが、見た目は誰もが見惚れる男前だ。
性別的には女性だが、それを隠して女性のための夜の街に繰り出せば一晩で、大金を手に入れてくるに違いない。
「ルークス君今日はギルド初出勤だよね。皆から色々言われるかも知れないけど、気にしたらダメだよ」
そう言ってくれた彼女に『かっこいい』という意味でキュンと来てしまった。
「じゃ、行ってきます」
「はい、お姉ちゃんによろしく言っといてね」
またもや新婚夫婦のようなやりとりをして、玄関先まで送ってくれるルシアさんと別れた。
ギルドの扉を開けると、多くのギルドメンバーがクエストを求めて掲示板を確認していたり、クエスト報酬をパーティーで山分けしていたりと大いに賑わっていた。
しかし、そのうちの一人がこちらに気づくとその反応がギルド内に急速に感染し、静まり返った。
音がないのに、感覚で嘲笑されているのが分かった。
すると一人のいかにも性格が悪そうな、金髪の男が話しかけてきた。
「あれー! 期待の新人様のご登場じゃないですか! みんな今日は君の話題で持ちきりだったんだよー?」
その言葉につられて、周りのメンバーもニヤニヤ馬鹿にしながらこちらを見てくる。
ふんっと、心の中で笑ってやりながら、自己紹介をした。
「俺の名前はルークス・アルフレッド!多分もう皆聞き及んでいるように無適正者だ」
「そして俺は勇者になるためにここに来た!!」
周りが馬鹿にするのも忘れてぽかんと口を開け、こちらを不思議そうに見ていた。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!