「見定めていたんじゃ無いのか? 華姫の力を」
それを聞いたフレアは、両手で金色の髪の毛を軽く抱えながら質問してきた。
「ルークスさん、八年前に起きた、オスタリア王国とシュメイラル王国の戦争の事はご存じですよね?」
早く話を進めろと言わんばかりに食い気味なうなづきで答える。
「では、ここで問題です。なぜあのような悲惨な戦争は始まったのでしょう」
「それはカナディールの宣告後にオスタリア王国がシュメイラル王国に軍事侵攻を始めたんじゃ……」
俺がこれまで見てきた、温厚で子犬の様な愛くるしさを持った、フレアはもうそこには居なかった。
いや、最初からあんな性格のリリンベルク・フレア・ラスタネーレなど存在していなかった
のかも知れない。
「――あなた方シュメイラル人は必ずそう言いますよね」
月明かりが微量に差し込むだけの視界でも、憎しみに燃える青い瞳がはっきりと確認できた。
「――ありえないんだよなーーーー……。ありえないんだよ。お前達がそんな腐った被害者的思想でのうのうと暮らしているのが」
「フレア……」
「フゥゥー。少し昔話をしましょう」
フレアは汚れたベッドに腰掛け、相変わらず両手で頭を抱える。
「――二十一年前、私はここから北に五百キロ離れたノトフォーリス地方で生を受けました」
「父はオスタリア国境警備隊所属の二等兵、母は家事する傍ら、幼い僕と妹の世話をしながら機織りの内職をしていました」
呼吸の音ですらはっきり聞こえてきそうな程の無音な部屋。
そこにフレアの小さく悲しみに帯びた声のみが漂う。
「決して裕福な家庭では無かった、ボロボロで小さな小さな家は布団を敷いたらそれで埋まるくらいに。でもーー幸せだった」
「優しい両親だった。母は気が小さくしょっちゅう周りの子供にイジメられて泣いて帰ってくる僕にクッキーを作ってくれました。高価だから自分では決して口にしなかった砂糖をたっぷり入れてくれたりして」
暗闇に輝く青い瞳から表面張力に耐え慣れなかった涙がポツリと落ちる。
「父は決して優秀な適性を持つ兵士ではありませんでしたが、僕に男として長男として家族を守る義務についていつも話してくれるような家族想いの人だったんです」
すると突然、フレアは頭を支えていた両手の爪を立て、ガリガリと鈍い音を奏でながら掻きむしり、血をポタポタと落下させた。
「吐き気がするんだよ。お前らが笑っているのを見ると」
「シュメイラルの酒場に居たあの女も、ここのジジイもババアも、あんな穴蔵で石取ってるゴミ屑共も。そしてお前もだ。ルークス・アルフレッド。――だが」
先程の涙と血が混じり合った小さな水溜まりが、キラリと光を反射しながら表面積を拡大していく。
「一番許せないのはあの女だ。数多の人の血を啜り、貪り、蹂躙した奴が、我が物顔で人助けなどと謳っているのが、どうしても許せない」
グッと拳を握り締め質問する。
「華姫……ララの事か?」
『華姫』という単語を聞いた瞬間、ピクっと肩が動くフレア。
「――。」
「ああ、あの悲惨な戦争を引き起こしたのは『華姫』こと、ララ・ダスティフォリア。あいつが全ての憎しみの根源です』
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