「……さい!起きてください!ねーー!起きてーー!」
他人の鼓膜ならいくらでも破いて構わないと言わんばかりの音量が耳元で鳴り響いた。
と、同時に頭の下に最高級の枕でも敷いてあるのか?と思うほど、どこまでも沈んで行きそうだが、その深みにしっかりハリがある感触だ。
上を見上げると、太陽の逆光であまり良く見えないが、十代後半位の女性が少しだけ迷惑そうにしていた。
「あの。そろそろ起きてくれないと仕事に行けないんですけどー。」
「あっ、すいません。夢心地の枕だったので、つい感触を楽しんでしまいました。」
そう言いながら、起き上がると、その女性はやっと解放されたと言わんばかりに屈伸をした。
「それよりあなた大丈夫?怪我とかは無さそうだったから起きるまで待っていたけど、こんな町外れの林で何してたの?」
「それは、えーーっと。実は俺も分かんないっていうか……」
それを聞いた彼女は、物珍しそうにこちらを眺めている。
うん。悪くない。赤髪のショートヘアに、素直そうな真っ直ぐな目をした可愛い女の子に見つめられて嫌な気分になる男など、この世にはいない!
……。この世? 待てよ。ここはこの世なのか??
まぁ、見る感じ、俺の認識と齟齬がない、“人類”が目の前に存在しているという事は、さっきまで居た絶望を集約したような場所ではなさそうだ。
「あのお姉さん、ここってなんていう国だっけ?」
怪しまれても聞くしか進みようがないので聞いてみた。
「えっ、そりゃ、シュメイラル王国に決まってるでしょ。お兄さん服装からして、この国の人ではないと思ってたんだけど、冒険者の人か行商人の人?」
参った。ここは冒険者なんて馬鹿げた職業が存在する世界なのか。
まぁ勇者になれと命じられてきた世界だしな。
そして俺はなぜクリアナの軍服を着ている。分からないことだらけだ。
もちろん“しゅめいらる王国”なんて単語とは本日が初対面だ。こんにちは。
確かに、服装もクリアナとは少し様相が異なっており、俺の住んでいた田舎では、はしたないと敬遠されるほど、開放的で見る者全ての視線を欲しいままにする胸元のデザイン、先ほど拝借した枕の感触があれほど素晴らしく感じたのも、極限まで短く設計されたスカートのおかげという訳だ。
「俺はクリアナという国から来たんだ、お姉さんもしかして知ってる?」
予想通り、先ほどの彼女の質問に、俺がした顔をそっくりそのまま真似ているような見事な“?”顔だった。
これで確認は取れた。あれほど巨大なクリアナをこの年齢の女の子が知らないという事は、ここは正真正銘、異世界だ。
言葉が通じるので、異世界で無い可能性を感じていたが、多分あの女神様が上手い具合にチューニングしたんだろう。
「やばっ! 仕事遅れちゃう!!」
「よく分かんないけど、お兄さん困ってるならうちの店おいでよ! お兄さんガタイ良いし仕事には困らなそうだよ!」
こんな林に置いてけぼりにされたら確実に死が待っていると思い、彼女についていく事にした。
「ハァハァ。お姉さん名前を教えてもらっても良いかな?」
「ハァ、ハァ、ハァ……あたし。キアーナ!キアって皆呼んでる!ハァハァ…あなたは?」
「俺は、ハァハッ、ルークス!皆ルークスって呼んでる!」
「フフフッ。なにそれ、ハァハァ……。走りながら……変なこと言わないでよ!」
体力は無いが、俺の些細なボケにも笑ってくれる良い子だと感心していたら、大きな街が見えてきた。
「ここが私の働く酒場『ボークス』! ギルドの成らず野郎共がウジャウジャいるけど、目つきのわるーい、ルークスの見た目なら変に絡まれる事もないでしょ!」
ギィっと、建て付けの悪い扉を開けると、そこは、この世の馬鹿を一箇所に寄せ集めたパーティーが開かれているとしか思えない光景が広がっていた。
「おい見ろよ!キアが目つきのわりー兄ちゃん引っ掛けて同伴出勤してんぞ!」
「ぎゃははは、パンツでもプレゼントして釣ってきたんじゃねーのか!」
一瞬の出来事だった。
それはそれは鈍く重厚な音波と、赤い血の軌跡を空中に残してその男は店の外まで吹っ飛んだ。
そして、満面の笑みを浮かべたキアが、やりすぎなくらいぶりっ子しながらこう吐き捨てた。
「ゴメーーーン!大切な大切なお客様の鼻っ柱に虫が居たからキア、ビックリしてつい手が出ちゃった☆」
その瞬間、あの馬鹿共の背筋はピンと伸び、どこかの軍の行進中かの如く統率の取れた足取りで、皆静かに席に着いた。
この子だけは怒らせてはいけない。それを肝とこの軽い口に銘じて質問した。
「さっき言ってた、ギルドについて教えてくれないか?俺はここでは身寄りもない、ただの成らず者だから」
そこなら勇者になる方法や『ララ』のことも知れるかもしれない。
「そうね、それなら後で案内してあげるわ」
それまで、キアに貰ったサービスのスープを、一切音の無い酒場で俺だけが一人啜っていた。
――「お待たせ!早速行こっか!」
「私的にルークスは格闘士だと思うなー! あ、でも魔導士も捨て難いかな」
聞いたことも無い単語が羅列され困惑していると、それを察したキアが丁寧に説明してくれた。
「適性は6つに分類されるの。剣術士、格闘士、騎士、使役士、回復魔導士、暗黒魔導士があるわ」
「人にはそれぞれ、個性に合わせた適性があって、F〜Aでランク分けされてるわ。滅多に見れないけど一番強い適性がA。それから下がる毎に力は減少していくの。そして最後の“F“っていうのは無適性よ、これもAと同じでまず見ることは無いけどねー」
「例えば私なんかは、回復魔導と暗黒魔導の適性がCで、あとはDとかEね」
咄嗟に、「あれ? 格闘士じゃ無いんですか?」と口走りそうになった、自分の命知らずさを抑えた。
「それなら、Aが最強でFは最弱って事か!シンプルで分かりやすいな」
「まーー、S適正なんて項目も一応あるにはあるけど、未だかつてそんな人類は居ないから気にしないでいいわ」
そんな話をしているとギルドに到着した。
「ヴァイスさーん、新人さん連れてきたよー!」
キアが呼んだ先には、ゴリゴリの岩のような肉体に、傷だらけの顔面といった、街ですれ違う時は必ず目が合わないように警戒するだろうおじさんが居た。
足早に近づいてくるモンスターの機嫌を損ねないように細心の注意を払い挨拶をしようとしたその時。
「あら! もーー! やだ! キアちんにしては可愛い男の子連れて来てくれたじゃない!目つきは悪いけどそこも、あたしクラスからしたら加点ポイントよ♡」
働け俺の聴覚……そんな訳がないだろう。冷静に音を拾って脳内に正常なパスをしろ。
え?してるって? うん、うん、あーー、はいはい。ごめんごめん分かった。
働け俺の視覚……ありえないものを見せるな。あんなに俺を褒めてくれてるんだぞ。
誤作動で、ゴリラが話している映像を脳にパスしているぞ。
え?お前も正常に作動してるの?うん、うん、なるほどなるほど。
両者の言い分を聞いて、脳が導き出した答えは、『目の前の筋肉隆々ゴリラが俺を可愛いと思い、あろうことか加点ポイントを付与してきた』という残酷な現実だった。
そんな脳内とは裏腹に俺は、ただただ引きつった笑顔を振りまいた。
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