オールFでも実は本気出したら無敵なんです!!〜美人女神にお願いされたら異世界だろうが行くしか無い〜

長縄 蓮花
長縄 蓮花

29話 惑わす月下の女神

公開日時: 2022年6月12日(日) 20:15
文字数:2,064

 ――「あんた! どうしたんだい!」

 相変わらず砂っぽい玄関でアリバナさんが、口を両手で押さえながら叫ぶ。


「取り敢えず寝室に運びましょう。大丈夫ですよ、怪我をされたとかでは無いので、安静にしていれば目を覚まします」

 アリバナさんは心配そうに振り返りながら俺たちを寝室に案内する。



「――で、うちの旦那に何があったのかしら……?」

 俺は出された少し薄い紅茶を飲み、静かにカップをテーブルに置き、今日あったことを話した。


「アリバナさん、アダム・ローフィーと言う方をご存知でしょうか?」

 残酷な質問だった。あれだけ取り乱すローフィーさんを見ていて関係がないはずもないのに……。



 するとアリバナさんは瞳を液体で輝かせながらも気丈な態度で話してくれた。


「アダムはお察しの通り私たち夫婦の息子よ。正義感が人一倍強くて、優しい一人息子だった。」


 やはり。もう。


「八年前の戦争で戦死したわ。それも無惨にも顔を全部魔物に噛み砕かれた状況で発見されたの。その当時、戦死者の肉を求めてモンスターが寄って来たって言うのが軍からの報告だったけど、有力な使役士に操られていたという説が有力だったの」


「その時、死体の手には私達家族の写真が握られていたの。あの子の無念を思うと残念でならない……」


「やった奴は隷属の瞳と呼ばれる使役士ですか?」

 アリバナさんは唇を強く噛み締めながら小さくうなづく。


 あいつの性格だ、それくらいエグいことも平気に出来るようなサイコパスなんだろう。



「今日。そいつに直接では無いですがコンタクトを取りました。その際ローフィーさんが激昂してしまって、あのように……」

 今の話を聞いてからさっきのローフィーさんの叫びを思い出すと、余計に胸を締め付けるものがある。



「コイツは意味深な事も語っていました。お前らシュメイラル人は今はまだ殺すつもりはないと。しかし裏を返せば時が来たら殺すつもりなんです」


「そして、その隷属の瞳が操るモンスターがココモア大洞窟のような重要施設にまで入り込んでいる。そこから導き出せる可能性は……」


「――戦争再開だね。そうでしょ? ルークス」

 冷静にララが答える。


「そうだ。でもあの言いようからしてまだ猶予はありそうだが、油断は出来ない」



「でも、オスタリアがいきなり戦争を始めるとは思えませんが」

「――なぜそう思うんだ?」

「は、華姫であるララさんの戦力を考えたら、そ、そう簡単には攻めて来られないかと」


 確かにそれは一理ある。奴はララの動向を知らなかった。

 しかも過去対戦したことがある華姫の登場は戦力を考える上で劇的な変化をもたらすことは想像に難くない。



「お、お嬢ちゃん。あんたあの英雄華姫なのかい? アダムの亡骸がかろうじて帰って来たのはアンタがモンスターをやっつけてくれたからだって……」

「あぁぁ。なんてこと。こんな近くにアダムの恩人がいらっしゃったなんて……」


 泣きながら感謝するアリバナさんを、ララは何か言いたいことを我慢しているように見えたのは何故だろう。




 ――その夜の食事は昨晩の雰囲気とは全く違ったものだった。


 いつもならあんなに楽しそうに食事を楽しんでいるララも、今日はいただきます以外の言葉を発せない体になったのかと疑うほど静かだ。



 ローフィーさんも食欲がないと言って部屋から出てこない。


「アリバナさん、大丈夫ですよ。戦争なんて起こるわけがありませんから!」

 フレアが何とかテーブル上に音を発生させようと、会話を試みるも「ありがとう」のひと言返事をもらい撃沈した。




 食事後、各自さっさと風呂に入り部屋へ戻った。




「はぁ、今日は体力的にも精神的にも辛い1日だったな。クエスト報酬は倍は貰わないと割に合わないよな」

 ベッドに横たわりながらフレアに愚痴を漏らす。


「そ、そうですね。僕も疲れました」


「まさかオスタニアの三傑と出会すなんて。あそこでララが居なかったらと思うと今考えただけでヒヤヒヤするな」


「そうですね。僕も本当にびっくりしましたよ」


「――。」


「よし! 今日は疲れたし早めに寝るか! 明日はまた砂漠超えをしないといけないし」

「は、はい。おやすみなさい」


「なんか色々溜まってたとしても、ここでは処理しないでくれな。するならトイレがおすすめだぞ」

「し、しませんよ! な、何言ってんですか!」


 これは。

 もう確定か……。


 俺たちはまた、月夜に照らされた砂埃の雪が舞い散る、狭い部屋で眠りについた。




 ――まただ。

 何故か起きてしまう。

 やはり今日あった出来事のインパクトが大きすぎて俺自身処理し切れてないのかもしれないな。



 またトイレに行こうと思い、部屋を出た時、昨日と同じような光景を目の当たりにした。


 月下の岩のベンチに座り込む女性は青白く輝き、神秘的な横顔で佇んでいる。


 その美しい横顔に惹きつけられるように俺は家のドアを開け外の世界に飛び込んでいた。


「どーした? 晩御飯おかわり出来なくて拗ねてるのかー?」

 恥ずかしくてついつい意地悪なことを言ってしまうこの悪癖をやめたい。



「久しいな、シュバインス大佐。いや、今はアルフレッドと名乗っているのか」



 コイツは何を言っている?




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