悲しく乾ききった破裂音が王の間に響いた。
「……かった」
男の目には、血だらけで、笑うはずのない彼女の笑顔が映った。
「あの紋章は……」
――「ここは?」
目を覚ますと、上下左右に暗闇が無限に続くような場所に、何故か足が着いて立っていた。
「やっと起きたね。私が誰だか分かるかい?」
白くきめ細やかな肌で覆われた顔、全てを見透かしているように冷たく光る金色の瞳、最高級シルクのように艶やかで、黒く長い髪の毛が、華奢なボディーラインを綺麗になぞっており、美しいなどという俗物的表現をするのもおこがましいと思える、女性がこちらを向いて微笑みかけている。
「すみません。何処かでお会いしたことがありましたか?」
するとその女性は、「よかった、成功だね」と満足げに、また微笑んだ。
「あの、俺は死んだんですか?」
「フッ」
今度は何故か微笑むのではなく、少し小馬鹿にしたように笑ったように思えた。
「すまない。何故君はそう思うんだい?」
この状況でまだ生きていると、考えられる方がどうかしている。見渡す限りの闇が続いており、地面も無い空間に浮かぶように立っているのだ。
こんな物理法則を無視した世界で生きている実感が湧くのは神だけであろう。
そして俺の目の前にいるこの方は多分、神かその系統に属するお方である。
もちろん俺は「この目で神を見た事ある!」などと触れ回る、近所の呑んだ暮れなフレッジさんでは無いので、人間の感覚に頼った偶像的な絵画や聖像でしか、神というものを認識したことが無かった。
だがこの方からは、我々の人類の理解が及びようのない何かを感じるのだ。
「死んだと表現するには少し短絡的な気がするが、概ねその認識で構わないよ。この空間は君と私の間に生まれた無限だ。」
「簡単に言えば私の意識下に君の魂を呼び寄せて、崩壊する前に留めている」
いや全然簡単じゃないでしょ! と突っ込みたい気持ちを喉仏がグッと堪えてくれたため、なんとか口には出さなかった。
「まあまあ、私は少し君に話があるんだ。ある人物からも頼まれごとをされているから話を進めても構わないかな?」
多分無限とやらについて何百時間聞いても、理解できる気がしないのでさっさとその話とやらを聞くことにした。
「まず君は自分の名前、年齢、職業は分かるかい?」
「ルークス・アルフレッド、歳は十九で、仕事は……あれ。なんで」
すると、仮称女神はそんな俺を見て質問を変えきた。
「君はどこ出身だい?」
「クリアナ王国の端にあるリザという小さな港町です」
それ雨を聞いた、仮称女神は一息つくとぼそっと
「上出来だ」
と俺に見せつけるかの如く、金色の瞳を見開いて呟いた。
今までは目元こそ、冷たいものの声色や行動は優しかったが、今の声は、そのイメージとは甚だ乖離した声音であり、やはり目の前の物体は人外であるということを再認識させるには十分すぎた。
「あなたは神様ですよね?」と恐る恐る聞いてみた。
ここで魔王だと告白されても納得がいくくらいにはこの方にビビっている。
「さぁ、どうだろう、君が思い描いている神がアテナやデメテルといった、人間の願いの象徴として誕生したものを指すなら違うね。」
「創造神や創世神というニュアンスで捉えてくれたら問題は無いかな」
まぁ偉い神様なんだな、としか伝わらなかったが、理解したふりをした。
「本題に入ろう、君はもう死んでいるんだよ」
は?さすがに神だからといって人間で遊びすぎだろーよ。と思ったが、これは神様なりのジョークだったら真面目に返すのも野暮だ。
「えーと……なら俺も神になれちゃったりして!?」
渾身のボケだった。もしこの神様が言うように本当に死んでいるなら、殺される事も無いという保険があるから出来たボケだった。
「アハハ。君は面白いね。そうだね。彼のお願いを叶えてくれたら神にしてあげるかも」
案外いい人、いい神だなと感心していると
「君は前の世界で死んだんだ。だが君の魂は少々面白くてね、再利用させて欲しいんだ」
もうどうにでもしてくれと思った。
「ある世界に行って、ララと名乗る女性に会うんだ、その時彼女は必ず君の力を欲するはずだ」
「それ以外はないんですか?」
「ああ、彼女の助けをして欲しいだけさ」
そう彼女が言い放つと、暗黒だったはずの世界に眩い光が次々と差し込んできた。
「最後に一つ、人は光と影、隠と陽、様々な要素が絶妙なバランスが成り立って存在している。それを忘れないでおくれ。そのバランスが崩れる時が君の最後だ」
この神は抽象的なセリフしか吐かないなと、うんざりしながら光に包まれた。
どうせ死んだんだ、女の一人や二人助けるくらいでビビらないぞと意気込んだ。
あれ、俺どうやって死んだ?
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