「――おいで。――アクアリウム」
――ポツ……ポツ。ポツ。
ララの一言の数秒後、山の向こう側からこの時期には相応しくない真っ黒な積乱雲がこちら。いや、ララを中心に集まってくる。
やがて雲は月明かりを遮断し、微雨を大地に振り落とし始める。
「あっれー。僕を呼ぶって事はー。ダスティンにしては手こずってるみたいだねー」
漆黒に染まる空の内側からやる気の無い、気だるそうな女性の声が聞こえてくる。
え、何、巨人でもあの中に居るのか?
いや。いや。
その疑問を解決するようにその声の持ち主は暗闇から姿を表す。
「ごめんねごめんね、アクアリウム。今はちょっといつものバルガモスちゃんのモノマネをしてあげる余裕が無いの。だからお願い。協力して」
「ええーそれが楽しみでわざわざこんな人界なんかに来てあげたのになぁー。ざーんねん」
いや、なんだその楽しみ。
バルガモスさんのモノマネそんな期待してくる程のクオリティーなの?
ちょっと見てみたいかも……てか。
この龍なんだよ!?
体長は百メートルはゆうに超えているか?
青白い鱗に覆われた細長い体をウネウネとくねらせて浮かぶ姿はまるで、空中を滑らかに泳いでいる蛇のようだ。
しかし、神々しいオーラが溢れているのを見ると、以前俺が半無意識に召喚してしまった、ドラゴンと同じ系統に属するのかも。
でもあっちは翼竜でこっちは龍ってイメージだな。
それを見たボマーウォーカーもとい、ブラッキーナは心の声らしきものを漏らす。
「クソがぁぁ。ありゃ見る限り水華龍だな。あんなの使役出来るってことはあちしレベルの使役士ってことかぁ? はっ。さすが華姫様だ、スケールがちげぇーーぜ」
「――水華龍……あの女は水神様まで使役出来るのか……」
フレアは空を仰ぎながら宿敵の力に見惚れてしまっている。
「アクアリウム。この火災を止めて欲しいの」
「はいはーーい。そんなの僕には、おっ安いごーようーってね」
「暴荒の原来にして、恵みを統べる者よ、我の力に共鳴せよ 神聖魔導 『水撃暴壊』」
直後、局地的に発達した積乱雲からの雨脚は更に増していき、ブラッキーナが作った炎の庭園に滝落としの如く勢いで降り注ぎ、辺りを水蒸気の白い煙が覆う。
「貴様。やはり格闘士と暗黒魔導だけの適性者では無いのか」
フレアは消え行く火炎をその青い瞳に写しながら、ララを睨みつける。
「あんまりあんまり多適性者だって事はバレたく無かったんだけどね……」
力を使い過ぎたのか、ララの表情が少しくすんで見える。
そんな心配な目ララを見つめる俺に、モノマネ好きの水神様がいきなり話しかけてくる。
「あれあれー? そこの目つきが悪い君は、もしかしてルークス・アルフレッド君かなー? 君の面白い話はペンドラゴン様から聞いてるよぉー」
待て待て。
このモノマネ好きドラゴン。
神々しい登場。神々しい技。
ドラゴンに必要な要素は数多く持っている。
なのになんでそんな能天気キャラなんだよ。
せっかくの威厳そこら辺に不法投棄してるよ?
「あ、あのペンドラゴン様というのは……どちら様か教えていただいても構いませんでしょうかぁー……?」
能天気キャラがきれるのが一番怖い。それを知っていた俺はあえて最大限へりくだり質問する。
その龍は細い目をさらに細めて笑い出した。
「ハハハハ! 君面白いねー。あの人界でも竜神様として崇められているペンドラゴン様を忘れたっていうのかい!?」
体中の血の気が引いていくのが分かった。
「そそ、そ、そんなにえ、偉い竜様でいらっしゃるとはつゆ知らず……」
水神様は乙女の告白のように、モジモジ不安そうに話す俺に少し驚いた様子だった。
「いやぁなんか意外だよ。ペンドラゴン様を使役した人間って言うからどんな人かと思っていたけど思ったより弱そうなんだね! あ、悪い意味ではないよ?」
弱いって言葉悪い意味以外で載ってる辞書があったら持って来い! あっても弱火でコトコト煮込む。くらいしか載ってねぇーぞ!
なんて言えるわけもなく、終始ペコペコ頭を小刻みに下げ続ける俺だった。
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