「なんだ? この汚らしい男は、ココモア大洞窟での国家を揺るがす大騒動を引き起こした罪人だ。ましては王立警備隊長官の私だ。罪人に何をしても許されるのだよ」
「そのようなふざけた理屈が曲がり通るわけがあるものか! お前がしていることはただの警備隊の権力を利用した虐待行動だ!」
「ふっ、さすがは同じ罪人だ。罪人同士情でも移ったか? ブラック副団長様」
岩のような男は悔しそうに俺を見つめる。
「あの女の仲間だ……少し遊んでやるか」
ランプのぼんやりとした光がメガネに反射し、その奥の狂気じみた瞳を照らす。
「――っぐはぁっ!! っっうっ!」
ノーガードの腹部に硬い革靴が肉と皮膚を抉るように何度も何度も衝突してくる。
「――このっ! けがぁっ、れたっ! ざい! にん!――がぁぁぁ!!」
一発一発毎に、俺から意識が引き剥がされていく。
この世界に来て俺は何度理不尽に出会っただろうか。
そしてあと何度この理不尽に耐え続けなければなら無いのだろう。
「ーーララ……」
――パァン!!
乾いた破裂音が地下室に響き渡り、サディスティックメガネ男の猛攻が一旦停止する。
「そこまでだよー。人間」
いつの間にか、メガネ男と俺の間に両手を合わせたアクアリウムが立っている。
「なんだ貴様は。安心しろ、コイツをなぶり殺した後、貴様も同じように可愛がってやるさ。二度と生意気な言葉が漏れてしまわ無いように、声が出なくなるまで喉を殴り潰してやろうか?」
「にゃははーごめんねー。ルークス君と違ってあいにく僕にはそっちの気はまるで無いんだー」
薄れいく意識をなんとか保ちながら、俺もねーよ! と心だけで必死に叫ぶ。
「――でも」
その瞬間、大気温度が瞬く間に低下。
空気中の水分が一瞬で凍結し、地面は氷の床に早変わりした。
「僕も君と同じで人間を痛ぶるのは好きな方だからさ。あんまり調子に乗ってると……分かるよね?」
そこに立っていたのは紛れもない神類に属する者の出立であり、人間とは隔絶された存在であった。
「――くっ。小癪な女だ」
あろう事か、忠告を無視したメガネ男は右ストレートをアクアリウムに向かって放つ。
「――馬鹿が……」
「報告します!!!」
衛生兵の突然の大声で暴走パンチは、アクアリウムの鼻頭数ミリ前で辛くも緊急停止した。
これが当たっていたらと思うと……。
「何だ! 今は王都に侵入した悪き害虫を駆除していて忙しいのだ! 後にしろ」
おーおー。酷い言われようだ。
俺が無適性の最弱スペックだからか? 多分違うだろう。
コイツは本心から罪を犯した人間が許せ無い。
純粋な正義狂なんだ。
「そ、それが。ルークス・アルフレッド、アクアリウム両名を即時釈放せよとのご命令が……」
「何を言っている。ここの、いやこの国の逮捕権及び懲罰権は私が一任されているのだ。そのような誤情報を信じるとは。貴様も後で懲罰防行きだ」
ただ報告しに来ただけの衛生兵にそこまでするか?
ああ、正義もここまでくると恐怖に変わるものだな。
こんな奴が国家権力を握っているなど、シュメイラルの今後は本当に大丈夫だろうかと、こんな傷だらけの体でも心配してしまう。
「ふぇ、フェリサス様直々のご命令です!!」
勇気を百パーセント振り絞った衛生兵の大声がメガネ男の表情を更に歪ませる。
「――クソっ、あのお人好しが。やはりあやつは頂点の器では無い」
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