真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

睡蓮と[リライト] その二

公開日時: 2020年9月13日(日) 13:00
文字数:2,907

 霧生は[リバース]に、近くのレンガをカラスに変えさせた。それが羽ばたいて飛び立とうとしたその時、レンガに戻って地面に落ちた。


「なんだ………って!」


 気がつくと、睡蓮の横には麒麟のような式神がいる。


「霧生…。今、あの式神が少し動いたの。そしたらレンガに戻った」

「だとすると、式神のチカラをキャンセルするチカラ?」

「おしい惜しい! 君が式神のチカラを使ったんだろうけど、それは偽り。ワタシが[リライト]のチカラで、その事実を書き換えさせたんだ。レンガはカラスには変わらなかった。それが真実ってワケ」


[リライト]という式神は、他の式神が使ったチカラを書き換えられるのだった。


「もっといい例を紹介してあげようか? 芽衣ちゃん、君の式神を使ってごらんよ?」

「[ディグ]を?」


 手のひらに召喚して出した。そして地面にソッと置く。[ディグ]はマンホールぐらいの穴を一瞬で開けたが、次の瞬間には水たまりに変わっていた。


「どう? これが[リライト]! 他の式神のチカラを全く別のことにできる。書き換えられる!」

「なんて強力なチカラなの……」


 芽衣は驚愕しているが、逆に霧生は落ち着いている。


「焦ることはないぞ、芽衣? 式神のチカラを書き換える……。聞くだけなら強そうだがよ、チカラを使えるのは、他の式神がそのチカラを発揮した時だけ。ならば、チカラを使わせないで戦えばいい。俺の[リバース]なら! それは簡単だ」


 睡蓮はちょっと怒り顔で、


「あのさ、調子に乗ってない? まさか素のスペックで、[リライト]を上回るとでも言いたいの?」


 風が吹いた。というよりは[リライト]が目にも留まらぬ速さで、霧生と芽衣の間を抜けて行ったのだ。


「ウォオオオオオー!」


 まだまだ走れるぞ、と言わんばかりに[リライト]が足を動かす。


「速さは、なかなかだな。[リバース]、出ろよ!」


 霧生の横にいた[リバース]が、睡蓮に向かって爪を立てる。だがその前に、[リライト]が回り込んだ。それでも構わず爪を振り下ろすと、[リライト]は角で受け止める。その頭を振って爪を弾くと、[リバース]の方がのけぞった。


「グルルルルル……」

「まずい。パワーは[リバース]よりも上か!」


 だが、チカラは使えない。使っても書き換えられるので、無意味なのだ。

 霧生は懐の[クエイク]の札に手をかけた。しかし、日霊の言葉を思い出す。


(もしここで[クエイク]のチカラを使ったら、俺はどうなる? 式神の札を取り上げられた後、海に捨てられるとか? まさか…)


 そんなことはないだろうと思うが、もし[クエイク]が[リライト]に通じなかったら……。

 ゴクリと霧生は唾を飲んだ。これは本当の最後の手段に取っておきたい。


 今度は[リバース]は、角に噛みついていた。ギシギシと牙を顎ごと動かしながら踏ん張る。だが[リライト]の方がやはり力がある。ブンブンと頭を振ると、[リバース]は振り回されてしまった。


「もう諦めたら? [リバース]の力量はたかが知れてる。君たちはもう、頑張っても[リライト]を突破できやしないよ。あははっ!」

「ギブアップしたら、何だ? デートでもしてくれるってのかよ?」


 間抜けなこと言っておいて霧生には、秘策があった。


(芽衣をこのために連れて来た! [ディグ]なら隠れながら穴を掘ってくれるからな!)


 もはや言葉はいらない。もう既に[ディグ]がトンネルを掘ってくれている。そこに忍び込ませたのは、トンボだ。当然地下だから飛べないが、トンネルを抜けた瞬間なら…。


「ワタシが君とジェットコースター乗る輩に見える? 君一人で勝手に騒いでなよ」


 急に、睡蓮の足元に数センチの穴が開いた。


「ん?」


 睡蓮はそれを見逃さなかったが、[リライト]に命令する前に、出てきたのが[ディグ]ではなくトンボであることに気がついた。


「これ、ギンヤンマってやつ? 虫はワタシ、嫌いなんだよねえ〜。[リライト]、書き消せ!」


 だが、ギンヤンマは既に飛び立っている。[リライト]は[リバース]のチカラを書き換えて、チカラが発揮されなかったことにした。しかし、


「時速百キロのトンボ……。ボールペンっていう偽りの姿に戻すことができても、生じてしまった勢いは消せないみたいだね」

「…!」


 霧生の言う通り、ボールペンは凄まじい速度で睡蓮に向かって飛ぶ。


「つうう…!」


 突き刺さりはしなかったが、睡蓮の額にボールペンはぶつかった。[リライト]は今、[リバース]と体を張って戦っている。だから式神に防御させることは不可能だった。


「どうだ睡蓮! こっちがチカラを使わせなければ、[リライト]の攻略はいくらでもできる。さあさて、白旗揚げるべきはどっちかな?」


 少し煽ってみる。すると、


「いいねぇ、やっぱり君は最高だよ! 戦う予定がなかったのが不思議に思えるくらいだ! この状況、[リライト]のチカラを逆に利用するなんて普通思いつかないし、だいいち並みの召喚師じゃビビってそんなことできっこない。ワタシの世界では、君の席はちゃんと用意してあげるよ」


 睡蓮はやる気に満ちていた。それが霧生を少し恐怖させた。


(コイツ…! 真面目にやり合うのは骨が何本あっても足りないぞ。飛び道具はもう通じそうにないし、[リバース]だけにずっと戦わせるのも限界がある。やはり、ここで使うしかないのか? [クエイク]は最後の手だが、もったいぶって惨めに負けるってのも避けたいことだ……)


 霧生は札をもう一枚、懐から取り出した。そして[クエイク]を召喚した。


「それが、新たな式神かい? 戦闘馬鹿の尚一が言っていたね。その式神、結構強力らしいじゃん。早くチカラを見せてよ」

「言われなくてもやってやる…。[クエイク]!」


 溶岩を湧き出させる。しかしそれは地表に出てくる前に[リライト]のチカラで、ただの噴水に書き換えられた。


「初見で対処できちゃうワタシ、すごくない? やっぱり尚一は馬鹿なだけだから負けちゃうんだよ。ワタシだったら式神の一つや二つ増えたところで、全然負ける気しないもんね!」

「はたしてそうかな?」

「えぇ?」


 確かに[クエイク]の強力なチカラも物ともしないのには恐れ入った。だが、チカラで戦うために召喚したのではない。


「[クエイク]、あの式神に触手を振り下ろせ!」


[クエイク]の力量は[リバース]の比ではない。その触手を[リライト]が角で受け止めたが、完全にガードしたられていない。[リライト]の頭は、地面に思いっきり叩きつけられた。


「ウォウウウウ!」


 頭を押さえる[リライト]。ダメージがあったようだ。


「追撃だ!」


 すれ違いざまにヒレで切りつける。これも[リライト]はかわすことができなかった。また大きな雄叫びを上げた。


「……なるほどね。チカラだけじゃなく、素のスペックも悪くないんだ? どうやって手に入れたかは知らないけど、厄介な式神…」

「厄介な式神じゃない。伝説の式神だ。[クエイク]は俺が、命をかけて手に入れた仲間。そう簡単に負ける式神ではない!」


[クエイク]はさらに追い討ちをしかける。だが攻撃が見切られているのか、[リライト]は紙一重でかわす。まるで当たらなければどうとでもなると言いたげに、[リライト]は足踏みをして挑発してきた。

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