再び[ディフューズ]が氷を作ったが、結果は同じだった。あっという間に距離を詰められる。気がつくと霧生たちも近づきつつあった。
「ヤバい…こりゃ、負けだ……。もう白旗揚げちゃうぜ………」
早々に諦めムードの灸であったが、霧生は何も疑わなかった。実際に灸だけなら、簡単に戦える。対する灸には、有効な攻撃手段が残されてないからだ。
「そうか。なら、巴もいるんだろう? さっさと呼んでこい。巴だけじゃ、俺と姫百合には勝てな………」
霧生が言っている途中、姫百合が彼を突き飛ばした。
「上です!」
二人の体は、横に飛んだ。そして元々立っていた空間に、大きな氷塊が落ちてきた。ガシャン、と音を立てて砕けた氷塊の破片が、霧生と姫百合を容赦なく襲った。
「バ〜カ〜め〜! いつ俺の[ディフューズ]が、氷を生み出せるのは腕だけって言ったよ? 引っかかったお前たちはボケカスだぜ!」
氷の破片が飛び散って、肌が露出していたところには切り傷が出来た。少しだが血が流れる。おまけにこれで生じた隙を突いて、クモとクマバチを[ディフューズ]が凍結させてからカマで砕いた。
「コイツ…! 許さん!」
霧生は、嘘を吐く人間が大嫌いである。今ので完全にスイッチがオンになったため、灸を物理的に制裁すると決めた。
「霧生さん、灸の言うことを信じてはいけません。彼の口から事実は出ませんの」
「…みたいだな! [リバース]! もう躊躇はいらない! 徹底的にブチかませ!」
「グオオオオオオン!」
これは[リバース]の、了解した、という合図だ。霧生が[リバース]の心がわかるように、[リバース]も霧生の心が読める。そして[リバース]は指示なしに、そこら辺の物の真実の姿を解き放つ。
「くそ! まだ足掻く力が残ってんのか! だがいいぜ。俺の[ディフューズ]と競うってんなら、受けて立つまでだ。後悔させてやる!」
灸もやる気だ。バスケットボールぐらいの大きさの氷をいくつも生み出しては、それが渦巻くように襲いかかってくる。[リバース]の生み出したイノシシや犬は、それに当たると元の姿に戻されてしまうが、氷の方も使えなくさせることは十分に可能であった。
[リバース]が灸に迫った。牙を剥き出し、噛み付く気だ。だが[ディフューズ]がそれを妨げる。カマで[リバース]の腕を掴むと、思いっきり振り回す。式神の素の力量は、[ディフューズ]の方が上なのだ。
「ブブッジャアアアアア!」
放り投げられた[リバース]は、近くの地蔵にぶつかった。
「ガオオオオオオオルルルル!」
だが、ただ単に立ち上がるだけの[リバース]ではない。地蔵も自分のチカラでクマに変えて、味方につけて反撃する。
「ああん? クマごとやっちまえ、[ディフューズ]! その最後の一発に全てを賭けろ!」
またも大きな氷塊を手元で作ると[ディフューズ]は、正確に撃ち込んだ。クマは一撃で破壊されたが、氷塊は[リバース]には届いていない。
「グアアアアアッ!」
襲いかかる[リバース]。しかし灸と[ディフューズ]は、少しも恐怖していない。何と既に氷の刃を作ってあり、それを[リバース]に向けて飛ばした。
「へへへ、こっちが本当の最後、だぜー」
「また嘘か? 偽りの言葉にはもう騙されないぜ? 真実の牙をくらえ!」
氷の刃が[リバース]を直撃する。[リバース]は腕を前に出して防御した。
(無駄だぜ? 式神くらい、難なく引き裂けるんだぜ…。ほらよぅ!)
負けたのは、[リバース]の腕の方だった。切り落とされてしまったのだ。
(そうすると、よう。式神だって痛いだろう? 止まるかのたうち回るん………ん?)
止まらない。のたうち回らない。[リバース]は痛みを堪えて、口を大きく開けて灸に突っ込んだ。
「げげげ!」
[リバース]は灸の体に、鋭い牙を立ててやったのだ。噛み付かれた灸は、痛みに対しやせ我慢などできるはずもなく、
「い、いででででででで! [ディフューズ]! この式神を攻撃しろ!」
だが、力量で負けても、スピードでは[リバース]の方が上だった。[ディフューズ]の前に、灸の体を向けて盾にしてやった。
「ウルグジュッアアア!」
しかしこれに引き下がる[ディフューズ]でもなかった。[リバース]のアゴを前脚の先端で掴み、開いてやるのだ。力では優っている[ディフューズ]ならば、難しいことではない。
「させませんわ、ご覚悟を!」
姫百合の[リカバー]が動いていた。力は[ディフューズ]の半分くらいしかないが、[ディフューズ]の腹を足で鷲掴みし、持ち上げてバランスを崩させることは容易であった。
「心配すんなよ、灸。命までは取らないぜ? でもな、今は戦えなくなってもらうぜ!」
ほんの数秒で、灸は気絶してしまったので、[リバース]はチカラを緩めた。そして負けを悟った[ディフューズ]は、自ら札に戻っていった。
「ふう。何とかなったな。大丈夫か、姫百合?」
心配の眼差しを送る必要などなく、姫百合は受けた傷を[リカバー]のチカラで治していた。
「霧生さん。[リバース]の傷も癒せますわ」
姫百合は[リカバー]に、[リバース]へチカラを使わせた。切り落とされた腕が、みるみるうちに生えてくる。
「これで万全だ。後は巴を倒して、芽衣を救うだけだな!」
「そうですわね。準備はできていますか?」
「いつでも!」
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