真実と偽りの境界

杜都醍醐
杜都醍醐

智代の[ストップ] その二

公開日時: 2020年9月8日(火) 13:00
文字数:2,273

 だが、それだけでさようならとは言わない。霧生は智代の実力を覗いて見たかったのだ。だから簡単な勝負を申し込んだ。智代の方も暇を持て余しているからと、快諾した。


「ルールを決めよう。馬鹿みたいに乱暴しても、面白くはないし、危険だ」

「じゃあこうしよう」


 智代はバッグから、ボールペンを六本取り出した。そしてその半分を霧生に渡した。


「先に相手のボールペンを三本、取り上げた方の勝ち。それなら危なくないし、式神も破壊する必要もない」

「なるほど…。面白そうだな」


 受け取ったボールペンを、胸ポケットに差し込んだ。智代も同じく胸ポケットに入れた。


「ようし。じゃあ、三時になったらゲームスタートだ」


 智代は腕時計を見て、時間を確認している。対する霧生はというと、時刻を示す物には視線を送らない。


(智代が動き出したら、スタートの合図。時計に気を配る必要はないぜ…)


 霧生には、勝算があった。[リバース]のチカラを使えば、離れたところにいる智代のボールペンを取るなど、容易いことだ。

 やがて、智代が腕時計から目を離した。


(開始だ。[リバース]!)

(グルルルル…)


 ハンカチを取り出すと、それがスズメに変わって飛び出す。


(行けた! [リバース]のチカラを使えば、簡単にクリアーできるぜ!)


[リバース]も勝利を確信して頷いた。


「そういえば、そんなチカラだったね[リバース]は。でもね、私の[ストップ]も負けてはいない!」


 智代の式神は[ストップ]といった。それはこの昼間にそぐわないフクロウの姿をしており、智代の肩に止まっている。


「マズいな…。フクロウって結構どう猛なイメージがある。スズメなんか、敵じゃないかもしれない。[リバース]、ここは人海戦術でいくぜ?」

「ガルル!」


 もはや手当たり次第、生き物を生み出しまくる。その間にも霧生は智代の方を見ていた。


(…? 式神が動き出さないぞ? このままだとスズメが、簡単にボールペンを掴めそうだが)


 もうあと数センチというところまでスズメが迫った。

 だが、信じられないことが起きたのだ。


 次の瞬間、智代はそこにいなかった。


「なにぃ! 消えた……?」


 そうではなかった。霧生がキョロキョロしていると、智代の姿を、自分の後方に発見した。


「一瞬で移動したってことか! それが[ストップ]のチカラ…?」

「さあね〜」


 智代はとぼけているが、そうとしか霧生は考えられなかった。

 空振りに終わったスズメは、方向転換して再び智代の方を目指す。


「このスズメは、倒してもいいよね?」

「構いやしないが…」


 幸いにも、[ストップ]の力量と速度は[リバース]に及ぶものではなさそうであった。もし式神同士の対決だったら、[リバース]の勝利は間違いない。だが、そのチカラは未だ不明である。

 本当に瞬間移動だけなのだろうか? そんな疑問が霧生の頭の中にある。もしそうなら、一瞬で自分の目の前に来て、ボールペンを取り上げてまた一瞬で戻る。その気になればそんなことも可能なはずだが、智代はそれを実行に移さない。


(制約があるのか? だとしても式神だけを動かせばいいはずじゃあ?)


 アレコレ考えたが、ますますわからなくなっていく。仕方ないので一旦保留にし、智代のボールペンを奪うことに専念しよう。

 霧生は勝負に使っているのとは違うボールペンを、ギンヤンマに変えさせた。


「ギンヤンマ! 最高速度は時速百キロ。これなら智代と[ストップ]の超スピードに追いつけるか!」


 ギンヤンマが飛んだ。その素早さは他の飛行性生物の比ではなかった。あっという間に智代のボールペンを一本、掴んだ。


「しまっちゃった!」


 智代と[ストップ]は、ギンヤンマを攻撃しようとするだろう。だからあらかじめ、スズメバチも護衛役として生み出しておいた。毒針を突き刺すつもりはないが、その攻撃的な外見に智代は怯まずにはいられず、霧生は戻って来たギンヤンマが持っていたボールペンをキャッチした。


「まず一本!」


 それを別のポケットに仕舞う。


「やるじゃん! なら私も!」


 そう言うと智代は、[ストップ]に何か囁きかけた。


「逃すか! 行け!」


 今度はギンヤンマを二匹に増産。残りのボールペンを一網打尽にするつもりだ。

 だが、またも信じられないことが起こった。なんとそこに智代の姿はなく、しかもギンヤンマは二匹とも、フォークで串刺しにされていたのだ。


「何が、起きた?」


 フォークの持ち主は智代であろうが、いつの間に投げた? 時速百キロのギンヤンマを上回るスピードで?

 混乱している霧生の後ろから、腕がスルリと現れて、胸ポケットのボールペンを一本取り上げた。


「また後ろか!」


 すぐに距離を取る霧生。だが一本取られたことには変わりなかった。


「そろそろ教えないと不公平だよね。私の式神、[ストップ]のチカラ…」


 智代はそれを、自慢気に言って述べる。


「召喚師に触れていないと使えないけれど、私が次に瞬きするまで、時を止められる。それが[ストップ]の真のチカラ。でも止まっている間は、他の物には触れられない。そうするとチカラを無視して世界が動き出してしまう。でも前もって準備してれば、そのフォークみたいに、投げれば他の物にも干渉できるようにはなる」

「時間を…止める? そんなバカなことが、本当に?」


 瞬間移動や超スピードという次元の話ではなかった。[ストップ]はなんと、時間に干渉できる式神であったのだ。


「今までに出会ったことのない類の式神だ…。どおりでチカラがちっともわからないわけだ…」


 これがゲームで良かったと霧生は思った。もし敵の召喚師であったのなら、攻略もクソもない。一方的になぶり殺しにされるだけだ。

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